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1-10 ウサギのように





 マリアさんがここに戻ってきたのは、綾が勉強会の開始を宣言してから数分後のこと。

 自分の勉強道具を抱えたマリアさんは、僕達を一瞥して素直な感想を口にする。


「もう始めていらっしゃったのですね」


「そうだよ、マリア。こういうのは自主的に始めないと」


 なんとも耳が痛い言葉だ。

 けど、自主的にやれたら勉強会なんて開かなくてもよいのかもしれない。


「それでマリアの席はここ」


 綾は僕達の真向かいの席を指定する。


「ここで私達がわからないことに直面したときに質問するから。わかった?」


「はい。わかりました」


 優雅に一礼するマリアさん。

 やっぱり彼女は小悪魔系だ。


 僕は再度その認識を確認しつつ、手元の問題集に目を通す。

 すると、さっそくわからない問題に出会ってしまった。


「ところでお嬢様。今日はあの机の上にあるぬいぐるみを抱えて勉強しないのですか?」


「ちょっとマリア。何言っているのよ」


 綾が慌てたように取り繕う。


「春」


「え?」


 綾が僕をにらみつける。

 何かとばっちりでも飛んでくるのだろうか。


「わ、私。そんなこと稀にしかしていないからね。それと、春が夏祭りに取ってくれたやつでもないから」


「あ、うん。わかったよ」


 けど、ぬいぐるみを抱えながら勉強する綾。

 それを想像すると、おかしさがこみあげてくる。


「あ、春。今笑った」


「笑ってないよ」


「嘘だっ」 


 綾が僕のおでこをシャーペンの裏側で突っついてくる。

 なので僕は、必死にそれを避けようと身をよじる。


「あの、お嬢様。坂本様」


 マリアさんの声に、僕達ははっとする。


「仲がよろしいのは結構なのですが、私がいることを忘れていませんか?」


 おもわず二人で顔を見合す。


「うぅー」


 そして綾が恥ずかしそうに伏せる。

 ちなみに僕も同じ体勢だ。


「元はといえばさ」


 綾がこっそりとつぶやく。


「なんでしょうか」


「マリアのせいじゃない」


「すいません、お嬢様。でも、私は事実を言ったまでですので」


 マリアさんはにこりと微笑む。


「それにぬいぐるみを抱いて勉強をすることくらいたいしたことないじゃないですか。それよりも、寂しいとの理由で私と一緒に寝てほしいなんて言うことの方が問題だと――」


「マリア」


 綾がマリアさんの口をふさごうとする。

 けど、ほとんどは聞いてしまった。

 綾はウサギのように寂しがり屋なのか。


 というよりは、年上にからかわれる構図がまた出来上がっていた。

 美咲さんと僕を連想させるこのやり取りに既視感を覚えつつも、とりあえず綾をかばおうとする。


「あ、あの、マリアさん」


「はい。どうしましたか?」


 マリアさんは物凄い切り替えの速さでこっちを向く。

 僕はそれに戸惑いながらも、質問をする。


「ここの問題、教えてくれませんか」


「いいですよ」


「この代入した後、よくわからないんですが」


「あ、これですね」


「はい」


「これはこうなるんですよ」


 マリアさんの心地よい解説が耳朶に響く。

 しかも、家庭教師もかくやというくらい丁寧に教えてくれる。

 そんな中、綾がナイスフォローという目で僕を見てきた。






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