1-6 大人の事情
美咲さんに別れを告げ、僕は一足先にバスを降りる。
降りた場所は閑静な住宅街。
けど、ここら辺一帯は軒並み大きな家が建っていて、通るだけで圧迫感を感じてしまう場所だ。そしてその中でも綾の家は、瀟洒な造りで一際目立っている。
特に、どこまでも続く赤レンガ造りの外壁が凄みを感じさせる。
「よし」
一息入れてからインターホンを押す。
すると、綾が出てくれた。
「春?」
「あ、そうだけど」
カメラのモニターに視線を合わせて返事をする。
「待って。今開けるから」
綾がそう言うと、門がゆっくりと自動で左右に開いていく。
「入って」
「わかった」
僕は恐る恐る足を踏み入れる。
玄関まで数十メートルある道を、庭師でも雇ってそうなガーデニングを堪能しながら進んでいく。そうしてしばらく歩くと、玄関先では綾が待っていた。
「春。ようこそ」
今日の綾はラフな私服姿。
それでも女の子らしい姿だ。
「中、入ろ」
「うん」
綾が玄関を開けて、僕達は中に入る。
邸宅に入ると、まず目につくのは物凄く広い玄関ホール。
西洋式のシャンデリアと敷き詰められたカーペット、さらにはたくさんの絵画が飾ってある。
「あいかわらず凄い家だね」
「そう? でも、私は関係ないから」
「そんなことないと思うけど」
「そんなことあるよ」
綾が寂しげに言う。
「で、今はどこに向かっているの」
「ん? もちろん私の部屋」
木目が艶やかな廊下を歩きつつ、左へ右へと曲がりながらも綾の部屋にたどり着く。
「着いた」
「ここ?」
「うん。入っていいから」
綾が僕を招き入れる。
前に直と来た時と、さほど変わっていない綾の部屋。
けた外れの広さと天蓋のベットがある以外は、普通の女の子の部屋だ。
「春、あんまり見ないでよ」
「あ、ごめん」
とは言いつつも、机の上に懐かしいものを見つける。
「あれ、結構前に夏祭りの景品で取ったイルカのぬいぐるみだよね」
「あ」
綾は顔を赤くして、慌てて隠そうとする。
けど、そんなことをしても後の祭りだ。
「こ、これは昨日部屋の掃除をしていた時に、偶々出てきただけなんだからね。いつも飾っているわけじゃないんだから」
「そっか」
「そうに決まってるでしょ」
不自然に怒鳴られた僕だったけど、怒りっぽい綾なので納得する。
「えっと」
「ん?」
「あ、あのさ、春」
話題を逸らすように、綾が口を開く。
「直はやっぱり来れなかったの?」
「うん。都立公園で友達と絵を描くんだってさ。そういえば今日、両親はいないんだよね」
「そうだけど」
「ということは、僕――」
「ふ、二人きりじゃないわよ。後で私専属メイドのマリアが来てくれるから」
なぜか綾が、僕の発言をさえぎって言う。
けど、それは綾の先走りだ。
「そうじゃなくてさ、綾」
「え?」
「綾の両親と顔を合わせなくてもいいんだな、と思ってさ」
というのも、直と僕がのっぴきならない事情で東風荘に二人暮らしをして以来、綾の親とはすっかり折り合いが悪くなってしまった。一時期、綾と疎遠になりかけたのも、遠回しに幼馴染関係を解消させられそうになったからだ。
「ごめんね、春。ばかな親達で」
「しょうがないよ。それが大人の事情だから」
「そっか」
「うん」
「大人の事情か」
僕は寂しそうな顔をした綾を見る。
もっとましな言い方はなかったかな、と思う。




