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1-4 ぐりぐり





 小学校前のバス停につくと、案の定美咲さんが立っていた。

 美咲さんの他には誰もいない。

 どうやら今日のバスの利用者は少ないようだ。


「おはようございます、美咲さん」


「おー春坊。おはようさん、と」


 あいさつ代わりにヘッドロックをかけられそうになり、僕は慌てて身をよじる。

 なぜか知らないけど、美咲さんが涙した日以来、彼女とのスキンシップが多くなっている気がする。


 中学生に絡む華の女子大生。

 不思議に思いながらも、それを聞くことは自重している。


「春坊もバスに乗るのか?」


「はい。それよりも美咲さんがバスを利用するなんて珍しいですね」


「あー気分を変えたくてさ」


 美咲さんがボリュームのある髪の毛をいじりながら言う。


「春坊もそんなことってないか?」


「いえ、僕はルーチンワークの方が好きです」


「なんだと、この」


 今度はつかまってしまい、ぐりぐりとこめかみをやられる。

 ツボをしっかり押さえているのか、かなりの痛さだ。


「美咲さん、痛いですよ」


「痛いじゃないぞ」


「いえ、痛いものは痛いです」


 僕が涙目でそう告げると、やっとぐりぐりを止めてくれた。


「春坊なら、この私の繊細な気持ちをわかってくれると思ったのにな」


「繊細という言葉をどこかに置き忘れてきた人が何を言いますか」


「なんだと」


 繰り返されるぐりぐりの刑。

 今度は後ろから密着されて、先ほどよりも強くやられる。


「いてて、美咲さん。今度こそギブです」


「この程度でギブだと?」


「……」


 僕は我慢ごっこでもしているのだろうか。

 さらに背中に柔らかいモノが当たっていて、意識がそっちに持っていかれる。


「み、美咲さん。当たってますって」


「何が?」


「胸です」


 美咲さんは自分の色気を自覚していない。

 そんな僕の懊悩をよそに、美咲さんはこんなことを言う。


「まーたエロイこと考えていたんだな。春坊は」


「はぁ。違いますって」


 僕はため息をつく。


「あ、そういえば春坊」


「今度はなんですか?」


「昨日、新刊が入ったんだよ」


「はい?」


「『義姉妹との関係』」


「こ、今度は姉と妹が合体してる」


「しかも、大学の生協で売ってた」


「大学は何を売っているんですか」


 大学には官能小説が平然と売られているのか。

 僕は頭を抱えそうになる。


「そんでもちろん学生割引で買ったね」


「やっぱり買ったのかいっ」


 どうも美咲さんと一緒にいるとつっこみが入ってしまう。

 けど、美咲さんにつっこみどころが多すぎるのがいけない。

 第一、官能小説を買ったことを他人に報告するものなのか。


「心配すんな、春坊」


「何がですか?」


「読み終わったらちゃんと回してあげるから」


「いらないです」


「え? じゃあ部屋に隠しておいてほしいのかい?」


「またそのパターンですか。止めてくださいね」


「宝探しみたいでわくわくするぞ」


「宝じゃないですから」


「何、あんなのでは満足しないと」


「そうじゃないですってば」


 僕はぜえぜえと息を吐く。

 けど、美咲さんはまったく懲りていない。


「あ、いいこと思いついた」


 そう言ってにやりと笑う美咲さん。

 まるで意地の悪いことで有名なチェシャ猫のようだ。


「あの時のネコ語での告白」


 そしてぽつりとつぶやく。


「あ」


 瞬時に思い出してしまう自分の痴態。


「す、すいませんでした」


「じゃあ春坊、今回はしっかり読むんだな」


「はい、読ませていただきます」


 これってセクハラになるのだろうか。

 僕はそんなことを考えていた。






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