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1-3 小春日和






 朝食を食べ終えた後、しばらくくつろぐ。

 直と日常の会話をしながら、招待された綾の家に行く準備をする。

 何にでも活用しているいつものトートバックに勉強道具を入れて、大方の準備を整える。


「春、電子辞書忘れてるよ」


「あ、ほんとだ。ありがとう」


 直に電子辞書を渡されて、僕はそれをトートバックにしまう。


「そういえば、直」


「何?」


「今日の予定は?」


「今日の予定?」


 と、直がオウム返しに聞く。


「うん」


「美術部の友達と都立公園でスケッチをする」


「そっか」


 僕は直の予定を確認してから、玄関で靴を履く。

 とんとんと靴のかかとを合わせていた時、直がこっちまでやって来て言う。


「春、服」


「えっ?」


「少しだけよれてる」


 直がよれてた服を直してくれる。


「ありがとう」


「ん。じゃあいってらっしゃい」


「いってきます」


 東風荘独特の古い玄関のドアを開けて、外に出る。

 外は雨上がりのあのにおい。

 先日降った大雨で、綺麗だったイチョウの葉は散ってしまったのだろうか。


「あ、鳥子さん」


「おや、春くんですね」


 鳥子さんは東風荘の前にて日向ぼっこしている。

 服装はいつもと変わらない黒一色だ。


「おはようございます」


「はい、おはようございます。でも、そう言うには微妙すぎるほど微妙と言える時間ではありますね」


「たしかにそうですね」


 僕は相槌を打つ。

 鳥子さんはなぜこの東風荘に住んでいるのかが不思議な人で、仕事もウイリアム・テルという立派なブランド名を立ち上げている。


 ちなみに趣味は手品。

 これにはいつも驚かされてしまう。


「春くん。今日は小春日和でいい天気です。それにしても、私にとって小春日和という単語はなぜか気になる言葉であります」


「はぁ、小春日和ですか」


「はい」


 唇に薄いルージュを引いた鳥子さんが妖艶に微笑む。

 大人の魅力であふれたお人だ。


「で、鳥子さん」


「はい、なんですか?」


「今、何をしていたんですか?」


「ああ、それはハロウィンにむけて新しい手品の練習をしていたのですよ」


「あ、そういえばもうすぐですね」


 十月三十一日。

 ハロウィン。


 日本では馴染みが薄いのかもしれないが、東風荘では一大イベント。

 それに一年で唯一仮装をしていても違和感がない日でもある。綾も僕もこの日だったら、問題ないのかもしれない。


「春くん。では、ちょっと私の手品を見ていきますか?」


「はい」


「いきますよ」


 と、宣言した後すぐに、鳥子さんは林檎の剥製をいきなり手元に出す。

 鮮やか過ぎる早業で、僕にあっけにとられた。


「あいかわらず凄いですね」


「いえ。これは基本中の基本でして、ここからさらに上積みしなくなりません」


「そんなことは断じてないですよ」


「そうですか?」


「はい。今のでも十分にすごかったですから」


「ありがとうございます」


 鳥子さんがお礼を言う。


「ところで、春くんはこれからお出かけになるのですか?」


「あ、はい」


 僕は腕時計を見ながら、現在の時刻とバス時間を照らし合わせる。


「ちょっと幼馴染と勉強会の約束をしたもので」


「そうですか。バスを利用されるのなら、きっとバス停には美咲さんがいらっしゃると思いますよ。さきほど元気良くあいさつを交わしましたから」


「あ、そうなんですか」


 朝から美咲さんのテンションについていけないなあと思い、僕は苦笑する。



 



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