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1-1 夢






「春、春」


 それは優しくも低音な直の声。

 さらには揺り起こすような軽い振動。

 何度もあった光景だと感じつつも、僕はゆっくりと体を起こす。


「よいしょ」


「起きた?」


「あ、うん」


 目前には、いつも変わらない直の表情。

 かわいいよりも美人に分類される顔立ち。世の中のすべてを見通してしまいそうな瞳が僕を見つめる。


「おはよ」


「うん」


 僕は寝ぼけ眼をこすりながら、今の状況の把握に努めようとする。

 どうやら直が一度起こしてくれたのに、二度寝をしてしまったみたいだ。


「春」


「何?」


「二度寝するなんてばかなんだから」


 それを聞いて、僕は嘆息する。

 最近、綾の口癖が直に移っている。


 綾というのは直と僕の幼馴染。

 わがままで活発、さらにはじゃじゃ馬で怒りっぽい女の子。


 けど、学校では猫かぶりをしていたため、深窓のお嬢様としてファンクラブも存在するほどの人気を博している。

 広く膾炙しているこの事実に僕は面食らいそうになるが、綾は綾であって変わりはない。


 しかもあの事件以来、綾は地を出すようになってきた。

 おかげで、別方面での人気も出ているという。


 ちなみに綾と僕には誰も知らない秘密を有している。綾と僕は互いに性別を交換して、夜の街を繰り出すという秘密の遊戯だ。


「直」


「ん?」


「二回も起こさせてごめん」


 話しを戻して、直に謝る。

 とにかく僕に非がある。

 だから、頭を下げるに越したことはない。


「春。もういい」


「ほんと?」


「ん」


 とは言いつつも、無表情でふくれる直。

 この無表情というのがポイントで、今のところ直の表情の変化は僕と幼馴染にしか見分けがつかない。

 直は感情の発露に乏しいように見えて、実はそんなことないのを他の人は知らない。 


「あのさ、直」


「何?」


 一度顔を戻しかけた直が、また振り向く。


「一つ聞いてほしいことがあるんだ」


「ん」


「いい?」


「いいよ」


 直が了解して、僕はゆっくりと口を開く。


「さっきさ、夢を見たんだ」


「夢?」


「そう」


「でも、春は十分間くらいしか寝てないけど」


「それでも見たよ」


 直が表情を変えないで驚く。


「懐かしい夢だったな」


 時計の針を幼少の頃までに大きく巻き戻したような夢。

 たしか小学生だった気がする。


 まだ冒険とか探検とか魅力に見えてキラキラ輝いていた時で、綾の先導のもと秘密基地の探索に出かけた夢だ。

 綾と直と僕がいて、もう一人おさげの女の子がいた。


「春、その女の子は誰?」


 直が聞く。


「それがわからないんだ」


「そうなの?」


「うん。なんだか知らないけど頭の片隅にずっと引っかかっていてさ。なんていうか霞がかった感じで、輪郭も伴わずにずっと残っているんだ」


 僕は言葉にしにくい表現を一生懸命に説明していく。


「ふーん」


「もしかして記憶の中の女の子が私を忘れないでって言っているのかも」


「そうなのかもしれないね」


 直がおざなりに返事をする。






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