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3-17 秘密の遊戯(3)






 バスに乗り、街へと繰り出す。

 ここは小さな市街だけど、とりあえずいろいろと見て回れる。

 ウインドショッピングができるくらいにお店はあるし、遊ぼうと思えばいろんな遊戯施設はあったりする。


 けど、秘密の遊戯をしているときの僕達は、とにかく街中を闊歩する。

 何かを発散するように、とにかく歩いて歩いて歩きまわる。


 煌めくネオンや雑踏の中、目的地も決めずに漫然と歩く。

 それは縛られている常識に対しての反発なのかはわからないが、まるでなにかデモをしているかのような気分だ。


「春。ボクはね、この格好をしているときが一番自由を満喫できる気がするんだよ」


 綾が神妙な顔をして言う。


「そしてボクは、春がその格好で隣にいてくれると安心するのさ」


 言われて、僕は自分の格好を見渡す。

 どこから見ても女の子の格好。

 けど、もうずいぶんと慣れたものだ。


「僕は綾が安心できるのならそれでいいよ」


「そうか」


「うん」


「ありがとな、春」


「いいよ」


「いや、ありがと」


 ウインクとともに、お嬢様でいるときとはまた違った朗らかな笑顔。

 それだけで、この秘密の遊戯をしている意味がある。


「春」


「何?」


「いや、なんでもないな」


「あ、そう」


 綾と僕は、手を繋ぎながら街を歩いていく。

 夜の街の風景はいつもと変わりなく、それが僕達を安心させる。雑多な雰囲気も世話しない様子も何もかもが馴染んでいる気がする。


 そうして一時間以上経って、そろそろ帰ろうかと頃合いになってくる。

 しかし、そのときだった。


「これ、そこのお嬢さん」


 見知らぬ御老人が声をかけてきた。

 なので、僕は慌てて振り向く。


 今、お嬢さんと呼ばれる格好をしているのは僕であって綾ではない。

 だけど、そのかくしゃくとした御老人は首をかしげてこんなことを言う。


「あなたではなく、隣のお嬢さん」


 その一言に、綾が限界まで目を見開いて振り向く。


「ボ、ボク?」


「そうです」


「ボクか……」


 御老人の言葉にものすごいショックを受けたようで、綾はふらふらと倒れそうになる。

 倒れるとまずいので、僕は綾を支えておく。


「ハンカチを落としましたよ」


 御老人はわざわざハンカチを拾ってくれて、綾に手渡す。

 綾はそれを、茫然自失といった表情でつかんだ。


「あ、ありがとうございます」


「いいえ、きれいなお嬢さん」


 そしてその一言が決定打となる。

 親切な御老人がその場を去っても、綾は表情は変わらない。


 僕の隣にいるのに、どこか寂しそうに見える綾。

 それは何かの世界と戦っているようにも思える。


「春」


「何? 綾」


 僕には聞かれるであろう質問がもうわかっている。

 けど、できるだけ平静を装って答えようと考えていた。


「ボクは……ボクはもう男の子には見えないのか?」


「そんなことはないよ」


「でも、さっきのおじいさんはっ!」


 立ち止ったままの綾の表情がだんだんと歪んでいき、やがて大粒の涙となってしまう。

 顔をくしゃくしゃにした綾が、僕をじっと見つめてくる。

 けど、僕に綾をなぐさめる適切な言葉は見つけられない。


「ボクは、もう、男の子になれないんだ」


「綾」


「ボクの心の自由も消えてしまうんだ」


「綾! 違うって」


 周りの人が何事かと見てくるが、そんなの気にしてられない。


「春だって、ほんとはボクのこと」


「綾ってば」


「春だって、きっと」


「違うよ」


「うぅぅー、春のばかっ」


 混乱したままの綾は、子どもじみた叫びとともに走り出す。

 冷静に突っ立っている場合ではない。

 そう思ったけど、一歩も足は動かないでいた。






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