3-8 遊園地(4)
例えば、ワインは色、香り、味という三種類を楽しむとよく聞く。
ワインなんてもちろん飲んだことないけど、こういう考え方は一般的らしい。
それと同じように、ジェットコースターの楽しみ方は三種類あるという。
まずは視界、次に重力、最後に風圧。
この三種類を意識して楽しむ。
それがツウだと絵里ちゃんは力説する。
「わかったような」
「わかってくれましたか」
「でも、わからないような」
「わかりませんか」
肩を落とす絵里ちゃん。
「うーん。微妙」
結局、結論はこうなった。
今、僕達はジェットコースターの順番待ちをしている最中である。
もう少しで順番が回ってくるみたいで、だんだんと気分が高揚していく。
「でも、そんなんではダメですよ。先輩」
「そうかな」
「はい。心構えをしておかないと」
絵里ちゃんの力説はまだまだ続く。
どうやら相当のこだわりを持っているみたいで、その三つの他には不安定さが大切だと伝えてくる。
そうしてその話も一段落して、いよいよ順番が次となったときである。
絵里ちゃんがいきなり口を開く。
「あ、先輩」
「何? 絵里ちゃん」
「あ、あの」
そして急にもじもじしはじめる。
僕は何事かと思案に暮れ、一つに可能性に思い当たってしまう。
「まさか」
「え?」
「トイレ?」
「違いますよ、先輩」
真っ赤になって否定する絵里ちゃん。
「そうじゃなくってですね」
「うん」
「そのー」
そう言ったきり、今度は顔を両手で押さえてしまう。
歯切れの良い絵里ちゃんにしては珍しい光景。
「どうしたの?」
と、僕は聞く。
「あ、あの看板を見てください」
「看板?」
「はい」
言われたとおり、絵里ちゃんの指差す看板を見る。
するとそこにはカップル席へのご案内と書かれている。
カップル席とは、男女二組が係員の前で恋人であることを証明すると、より良い席へ案内されるという特別プランのことらしい。
「絵里ちゃんはカップル席にしたい?」
「は、はい」
なおも顔を真っ赤に染めている絵里ちゃん。
手うちわで自分をあおいだりもしている。
絵里ちゃんはジェットコースターにこだわりがあるくらいなのだから、より良い席で楽しみたいのだろう。
そのためにカップル席を所望したに違いない。
「でも、問題があるね」
「はい」
そう、僕達はカップルでない。
「いや、やっぱりそんなことないですよ、先輩。これ、秘密のデートなんですから」
「え?」
「恋人のふりをしましょう」
「恋人のふり?」
「はい、そうですっ」
握りこぶしをぐっと込めたまま僕に迫ってくる絵里ちゃん。
勢い余ってキスしそうな距離にまでなる。
「す、すいません。先輩」
「あ、こっちこそごめん」
僕はなんとなく謝ってしまう。
「それでですね、先輩。あの、恋人である証明として手、手を繋ぎませんか」
「うん、構わないよ」
そうして絵里ちゃんと手を繋ぐ。
絵里ちゃんの手は小さくて柔らかい。
「でも、それだけで大丈夫?」
「え?」
どこか放心したような絵里ちゃんが、慌ててこっちを見る。
「恋人だとしたら名前で呼び合わないといけないと思うんだけど」
「そ、そんなぁ」
「先輩なんて呼ばないでさ、係員の前では僕の名前を呼ばないと。とりあえず呼んでみて」
「は、春――先輩。ダメです。どうしても」
「大丈夫だって」
「先輩、ドSすぎです」
「だから先輩じゃないよ」
「ほんとにドSです」
で、こんなことをしているうちに、本当に順番が回ってくる。
係員にカップル席であることを告げ、手を繋いでゲートを通過していく。
「絵里ちゃん」
「は、春くん」
僕はよく演技したと絵里ちゃんの頭をなでる。
そしてそれが決定打となったか、僕達はカップル席を認められた。




