2-22 ネコミミ
夕刻、直がようやく帰ってきた。
鍵を開ける音とともに、僕は救いを求める。
「直、助けて」
「春?」
急いでドアの方に向かい、直がドアを開くのを今か今かと待ちわびる。
すでにあれから一時間。
すっかり美咲さんのおもちゃとなっていた僕は、心身ともに疲労困憊。
何パターンものわけのわからない告白の場面をやらされていて、正直うんざりしていた。
だから、直の帰還は救いでもあった。
「直」
「春、どうしたの?」
直が焦っているのか、鍵がなかなか開かない。
ガチャガチャと金属音が鳴り響き、取っ手が激しく動く。
「直、落ち着いて」
「ん」
「でも急いで」
「うん」
背後からは千鳥足の美咲さんが迫ってくる。
美咲さんに捕まったら、プロレスの技をかけられるのだろうか。
それはいろんな意味で対処の仕方に困る。
「開いた」
直がいつもより幾分大きな声で言い、ドアが開く。
そして直と目が合い、僕は愕然とする。
「直ー」
「何?」
「それどうしたの?」
「お礼にもらった」
僕が愕然としたのは、直がネコミミをつけていたこと。
ついさっきまで、ネコ語での告白をやらされたせいで二重にへこんだ。
「そうじゃなくってさ、なんで付けてるの?」
「なんとなく」
「なんとなくって」
「ううん。ネコの気持ちになりたくて」
またしても言葉が出ない。
しかし、ネコミミを装着している直は、なかなかに魅力的だ。
いつもの直の無表情さとマッチしていて、神秘的な雰囲気を醸し出している。
「それでずっと付けてきたの?」
「ん」
僕は頭を抱える。
そしてその最中に僕へと追いついた美咲さんが、直を見て騒ぎ立てる。
「なにそれー。かわいい」
直にくっつく美咲さん。
「直っち、直っち」
名前を連呼し凄い勢いで抱き寄せる美咲さんに、直も少々居心地が悪そうだ。
「これ、やばいって春坊」
「なにがですか」
「かわいさの破壊力高すぎ」
たしかに美咲さんの言うことはもっともである。
一度離れた美咲さんは、改めて直のネコミミを眺めまわす。
「直っち」
さらに手を合わせて合掌。
「眼福、眼福だー」
なんだかとても親父くさい。
でも、結果として美咲さんの気をそらせたから良かった。
「あ、そうだ」
美咲さんがぽんっと手を叩く。
「直っち」
「ん?」
「一つお願いがあるんだけど」
「何? 美咲」
「にゃーって言ってくれない?」
「え?」
無表情ながらも困惑する直。
それは少し見てみたい気もするが、さすがにやらないだろう。
しかし美咲さんは、なおも要求を増やしていく。
「こうさ、手を前にして。そう、要するにネコのポーズをしながらさ。どう?」
直は手をあごに当てながら考え込んでいる。
「美咲」
「ん? どしたの?」
「私、それやるとネコの気持ちになれる?」
「うんなれる。きっとなれるよ」
サムアップまでする美咲さん。
「ほんと?」
疑わしそうな目で聞いてくる直。
「ほんとだって。私もネコになりたいときはそうしてるから」
「そんなこと一度たりともないでしょ」
と、僕がすかさず言うが、美咲さんがにらみつけてくる。
さらに美咲さんは、ポケットから携帯を取り出し言う。
「春坊。さっきのネコ語での告白、携帯に録音しといたから。これ、とっておいてもいいんだよ」
「すいませんでした」
「じゃあ、直っち。やろうか」
「ん」
直はこくりとうなずく。
そして手をネコのポーズにする。
「にゃー」
さらにもう一回。
直がかわいらしく鳴く。
「にゃー?」
「きゃー鳴いた。直が鳴いたよ。かわいい」
歓喜にわく美咲さん。
やはりとてつもない破壊力だ。
けど、僕はいつ現実世界に帰してもらえるのかをもうずっと考えていた。




