2-16 直の宣言
翌朝、今日も直に起こされた僕は、直のいきなりの宣言を聞かされた。
「春、これからは私が料理を作る」
「え?」
と、僕は驚く。
額に『努力』のはちまきをしている直。
なんだかとてもやる気に充ちあふれている。
なので、否定はできない雰囲気だ。
「春、私が料理する」
「でも」
「努力すればいつかは成功する」
力こぶしを込めるという似合わないしぐさで直が言う。
どうやら美咲さんの言葉を信じ込んだ直に死角はない。
「じゃあ、今までの当番制はどうするの?」
「私に全部任せて」
「弁当も?」
「ん」
今度も力強くうなずく。
テーブルの上を見てみると、トーストとサラダに目玉焼きといういつものメニュー。
この定番のメニューでも、直が作るとなぜか味気なくなる料理。
原因はわからない。
ともあれ、起きぬけの僕は顔を洗いに洗面所に向かう。
鏡を見て、これからどうすべきかを考える。
「春」
「ん?」
「早く朝ご飯を食べよ」
「うん」
言われた僕は、いそいで顔を洗いテーブルに向かう。
「いただきます」
「いただきます」
そしていつものように向かい合わせて食べはじめる。
直はまだはちまきを取っていない。『努力』の文字がなんだか僕に迫ってくるようで居心地が悪い。
なので僕は直に言う。
「直」
「何?」
「はちまき取らないの?」
「ん」
直はうなずく。
どうやら予想外にはちまきが気にいっているようだ。
「でも、学校へ行くときは外すよね」
「ん」
「そっか」
「でも、気にいっている」
直が無表情ながら嬉しそうにはちまきを触る。
努力、努力、努力。
文字が躍動する。
「そうだ」
「何、直」
「料理はどう?」
「料理?」
「うーん」
言われて僕はしぶい顔になる。
直の料理は変わらない。
根本的に味気ないのだ。
「だめ」
「だめじゃないよ、うん」
「うそ」
「うそじゃないって」
「ほんと?」
「うん。あ、スケッチ見せて」
これ以上目を合わせてられない僕は、ごまかすために直のスケッチに手を伸ばす。
中を開けば、屋上の風景から始まりいろんな場面が描かれている。ぺらぺらとめくっていくと明らかにネコの絵が多くなっていった。
「直、最近はネコばかり描いているね」
「ん。私のまなネコ」
直が目を細めて言う。
どうやら上手く話題をそらせたようだ。
「近所にいたあのネコだよね」
「そう。もふもふしてかわいいやつ」
前に都立公園近くで見つけたまだらのあるネコ。
あの後も、直との邂逅を果たしていたのだろうか。
「あのさ、直」
「ん?」
「直は動物に好かれるよね」
「そう?」
「そうだよ」
そう、直はわりと動物に好かれる。
直の雰囲気がそうさせているのかはわからない。
けど、僕と比べてその違いは明らかに顕著であった。
「そうそう」
直が口を開く。
「私、勝手に名前つけた」
「名前?」
「ん」
「で、どんな名前?」
気になったので、僕は聞いてみる。
「ナマネコ」
「え?」
「ナマネコってつけた」
ナマネコ。
それはどういう意味なのか。
「意味?」
「うん、どういう意味?」
と、僕は聞く。
「名前に意味なんて必要ないよ」
と、直は答える。




