2-15 美咲の料理(2)
結局、美咲さんの玉子焼きはさんざんな出来で終わった。
直の料理の腕なんて比じゃないくらいにひどくて、卵を割る段階からたくさん問題が発生した。
塩や砂糖の加減も何度も間違えて、しまいには卵本来を味を楽しむということになってしまうくらいだった。
おかげで、卵を何個もムダにしたかわからない。
「どうだい、直っち。努力すればいつかは成功するのさ」
やっとのことで成功した玉子焼きを抱えて、美咲さんが自慢げに叫んだ。
「どんなごまかし方ですか」
しかし直は感銘を受けたようで、うんうんと何度もうなずいている。
一応、失敗から成功の過程を見ているおかげか、説得力はあった。
「ほら、二人とも食べてみなよ」
「ん」
直がいち早くうなずき、玉子焼きを口にする。
「ん。おいしい」
「ほら見ろ、春坊。調味料なんかいらなかったんだ」
「いいや、原則としてそんなことはないですから」
「じゃあ、食べて見ればいい」
美咲さんは箸を僕の目の前にかざす。
「これ、なんの真似ですか?」
「口開けてってこと。あーん」
「しませんよ。自分で食べますから」
「だめだ。春坊、食べるふりして食べない可能性がある。だからあーんしなさい」
「断わります」
目の前に広がっている光景は、よくカップルなどがやる行為。
だが、けっしてそんな甘い雰囲気ではない。
これは自尊心をかけた意地と意地の張り合いだ。
「口を開けなさい」
「いやです」
「じゃあ、鳥のエサみたいに放り込んでやる」
その言葉を最後にして、瞬時に戦闘へと変わった。
箸をのどに突き刺しそうな勢いで、美咲さんが迫ってくる。
危なくてたまらない。
だから僕は、必死でそれを避け続けた。
「くそ、おぬしなかなかやるな」
美咲さんが一度箸を置いて、気合を注入する。
僕はまだやる気なのかとうんざりする。
そしてそのときだった。
「美咲ばかりずるい」
なんと敵が二人に増えた。
直まで、自分の作ったおかずを挟んで箸を差し向けてくる。
「春」
「何、直」
「あーん」
「……」
直が切れ長な瞳で見つめてくる。
この瞳はすべてを見透かしてしまいそうな瞳だ。
「あーん」
「待って直」
「あーん」
全然話を聞いてくれない。
美咲さんは直の暴走を楽しんでにやにやしている。
いつのまにか自分が突撃するのを止めて、缶を片手にくつろぐ始末だ。
「春」
無表情の圧力をものすごく感じる。
「食べてくれないの?」
直が嘆願する。
「えっと」
僕はというと、これ以上ないくらい困惑。
目の前に向けられている箸の破壊力は、直に手を握られたときをも上回る。
「お兄……じゃなくて、春」
「はい」
「あーん」
やはりといっていいか、直の頑として譲らない姿勢は変わらない。
なので僕はとうとう根負けして、直の箸のおかずの御相伴にあずかる。
すると、美咲さんが鬼の首でも取ったようにこっちを見てくる。
「やったね、春坊」
にやりと底意地の悪い笑い。
「直のあーんが食べられて、私のあーんが食べられないなんて言わせないぞ」
再び箸を持った美咲さんが、玉子焼きをつかんだ。
「さあ、行け。私の玉子焼き」
そして箸を目の前に出される。
「あーん、と」
「もうなんでもいいです」
「じゃあ、あーん」
「はい」
できるだけ意識しないように、美咲さんが出してくれた箸へとかぶりつく。
「おいしい?」
「おいしいです」
その言葉は本当で、卵本来の味がふわりと広がっておいしかった。




