2-14 美咲の料理(1)
美咲さんが直の料理を食べていくというので、家に寄ることとなった。
美咲さんは一度家に戻り、それから十分後に改めてやってくる。
なのでそのあいだ、僕は直の料理の味見をする。
直の作った料理は、一汁一菜、それと豚肉とレンコンの炒め物というシンプルなもの。
しかし直の手にかかれば、なぜか味気なくなってしまう。
「春、どう?」
直が期待を込めたまなざしで聞く。
でも、その期待に応えてあげられないのが悲しい。
「やっぱり味気ないな」
「そうなんだ」
しゅんと落ち込む直。
「でもさ直、食べられるんだからオッケーだよ」
僕はそう言うが、直は納得しない。
「私上手くなりたい」
「うん」
「それで春にもっと喜んでもらいたい」
そして直が、無表情でそんなことを言う。
「その気持ちだけでうれしいよ」
「ううん」
しかし直は首を振る。
「そんなんじゃだめ」
「だめじゃないって。料理が少しくらい上手くないのも愛矯があっていい」
「ううん」
「ううんってさ。それでいいのに」
「そんなんじゃだめ」
結局、料理のことより、直をなだめる方が大変だった。
綾に触発されたのか、直は自分の料理の腕前に納得いかないようでとても悔しがっている。
それは美咲さんがやって来てもあいかわらずの姿勢で、彼女もびっくりしていた。
「どうしたの、直っち」
美咲さんはもうすっかり元に戻っていた。
いつものようにおちゃらけてさえいる。
さらには、カラオケ店でも生ビールを飲んだのに、ここでも缶を開けていた。
「どうも直は自分の料理に納得がいってないんです」
「そうなの? 直っち」
「ん」
「どれどれ」
美咲さんは、直が作った料理を食べる。
もぐもぐと咀嚼して、味を確かめている。
「うーん」
そしていつも直の料理を食べるときのように、首をかしげて感想を述べる。
「正直言うとね、直っちの料理はおいしいんだかおいしくないんだかわからない微妙な線をついてきてつっこみづらいんだよね」
「そうなの?」
直が無表情で聞く。
「そうそ。なんていうか、なにかが抜けているような感じでさ」
「それを味気ないというんじゃないですか?」
僕はすかさずつけ加える。
「そう。味気ないっていうんだな、これは」
レンコンの穴をのぞきこみながら美咲さんは言う。
やっぱりその結論になってしまう直の料理。
直が料理を始めてから、ずっと僕が言っていること。
「美咲。私、どう料理すればいい?」
直が美咲さんに料理のことを尋ねる。
こんなことは初めてであったので、僕は驚く。
つまり、それだけ切実に上手くなるのを願っている。
「どう料理すればいいって、やっぱり練習するしかないんじゃない?」
「直は練習してますよ」
「じゃあ、そうだな」
美咲さんは腕組みをして考える。
「よし、私が一肌脱いで手本を見せてあげることにしよう」
「ほんとに、美咲」
直が声を上げて喜ぶ。
だが、美咲さんの料理と聞いて、僕は逆に不安になっていく。
そしてその予感は現実のものとなった。
まず、直のエプロンを借りて冷蔵庫をのぞきはじめた美咲さんは、衝撃の一言を口にする。
「で、どうすればいいの?」
「美咲さん、大丈夫ですか?」
「ん? 何が?」
平然とした調子でつぶやく美咲さん。
直も無表情ながら心配そうな顔をしている。
「それで何をすればいいんだろ?」
美咲さんは何も考えていないような顔でさらに言う。
「そうだ。なにかリクエスト出してよ」
「リクエストですか?」
「うん。なんでもやってみせるぜ」
そんなことを言うが、もう美咲さんの料理には何も期待できない。
第一よく考えてみれば、足の踏み場もない美咲さんの部屋で料理なんてできるはずもない。
だから僕は、初心者でも出来るだけ問題なさそうな玉子焼きを指定した。
「オッケー。任せとけ、春」
美咲さんは威勢よく返事をすると、卵を冷蔵庫から取り出す。
しかし卵を取り出した段階で落としそうになっていて、料理なんてしたことないような感じのあたふたさを醸し出している。
「おっとっと」
「ちょっと美咲さん。本当に大丈夫ですか?」
おもわず声をかけてしまう。
「大丈夫だって。食べれないものなんてこの世にない」
もう不安で仕方ない発言だ。
「玉子焼きなんだから、焼けばいいのさ」




