1-3 告白
「あ、綾さん」
「はい」
「あの、綾さん!」
緊張している門松くんは、何度も幼馴染の名前を繰り返す。
このやり取りで二、三分くらい費やすこととなる。
が、やがて整理ができたのか、彼は少しずつ落ち着いていく。
「俺」
「うん」
「綾さんが好きです」
門松くんは、気持ち良いぐらいのさわやかな笑顔で言い切った。
「ありがとう」
「はい」
「ありがとう。門松くん」
「俺、綾さんとお付き合いできたらと思うぐらいに大好きです」
「ほんとにありがとう」
けれどその言葉とは裏腹に、ほんの少しだけ表情を曇らす綾。
その変化に気がついたのか、門松くんがこう言う。
「あ、いいんです」
「門松くん?」
「いいんですよ。綾さん」
変わらずに笑顔でいる門松くんが、胸の前で手を振っている。
それは綾に気遣わせたくないという想いが透けて見えてしまう。
「俺、そこまで望んでいませんから」
「ごめんなさい」
「いえ。綾さんに自分の想いを伝えられて幸せでした」
すべてを言い終えたらしい門松くんが、踵を返しはじめた。
「綾さん。さよなら」
「門松くん」
「そして、ありがとう」
こうして告白をした男子が去っていき、綾は一人残される。
そんな中、僕は思う。
ほんとに、もう何人目だろうか。
この定番となった告白の儀式。綾が告白される光景を、給水タンクの小さなスペースで見つめているこの儀式。
山の稜線をなぞっているかのような綾の視線。
その印象的な瞳はどこを見ているのだろうか。
僕にはちっともわからない。
「…………」
風と共にたそがれている綾は、完全無欠の美少女で、足りないのは飛ぶための翼だというくらいだ。
今はそんな神秘的な感じすら受ける。
とにかく、僕達は綾のところへ行く。
「はぁ」
綾がため息をついている。
憂いを含んだ表情でも、絵になる幼馴染。
「綾、見ていたから」
「ありがとう、春」
「いいよ、べつに」
やけに素直な幼馴染を前にして、僕はぶっきらぼうに返事をする。
「直もありがとう」
「ん」
「私はその人のためにも、好意が受け入れなかった場面を忘れるわけにはいかないから」
「そうだね」
「だから、直に覚えてもらってるの」
「綾はいつも同じことを言う」
直が綾を抱きしめて、綾がそれを受け入れる。
だけど僕は、その光景をどこか外れた視点で見ていた。
「綾」
「なに?」
「僕がさ、ここにいていいの?」
「え」
「なんだかここにいるのが相応しくない気がしてさ」
僕がこう言うと、綾は頬を膨らませた。
「春」
柳眉を逆立てた綾の表情に、僕は押し黙ってしまう。
「たしかに春はいなくてもいいかもね」
幼馴染の顔が奇妙にゆがんだ。
「そっか」
内心で何も感じないと言えば嘘になるが、その通り。
完璧にお嬢様をこなしている幼馴染が僕に頼るのは、そうそうない。
このような場面に居合わせているのは、直のおまけみたいのもの。
実際、僕が必要なのは、あの秘密の遊戯のときくらいだ。
「でも、春はばかすぎ」
「?」
「春はなにもわかっていない」
「どういうこと?」
「ふん」
明らかに機嫌の悪くなった綾に視線を合わせようとしたけど、露骨に目をそらされる。
しかし、その子供っぽいしぐさに、いつもの綾が戻ってきたと思う。
だが、原因は僕である。
どうすればいいのかと悩んでいたのだが、その綾はというと、屋上の手すりに身を乗り出し大声で叫んでいた。
「春のばかっ」
「春のばか」
直までやまびこの真似をする。
「春のばかっ」
「春のばか」
そしてこれがいつまでも続くのだった。




