2-11 カラオケ(2)
美咲さんと僕が東風荘を飛び出したのは、西日がオレンジに染まっている夕方。
市街へと繰り出すには遅い時間だったけど、カラオケ店はそこにあったので、僕達は急いで小学校前のバス亭に向かった。
幸い待っていた行き先のバスはすぐ来てくれた。
一時間に二、三本なので、タイミングがぴったしだと得した気分になる。
「ちょうど良くバスが来ましたね」
バスに乗り、二人して後ろから二番目の座席に座る。
美咲さんが窓側、僕が通路側。
美咲さんはこどもみたいに窓側を喜んでいて、あいかわらずだなと僕は思った。
「座れました」
「そりゃそうさ。私がそうなるようにちゃんと計算していたからな」
「そんな甲斐性、美咲さんにはありませんよ」
「なんだと、生意気な春坊め」
「いてててて」
笑顔で頬をつねられる。
「やっぱり頬がこんなに伸びるから、春坊はエロイな」
そして僕の頬をさらに伸ばそうとした。
「そんな言いがかりやめてください」
「言いがかりじゃないぞ」
「言いがかりですよ」
僕は改めて主張する。
「だったらなんでヘッドロックしたとき、顔がにやけていたんだ?」
「そんなことは」
「いいや、にやけていたさ」
鬼の首を取ったようにしてやったりの美咲さん。
なんだかとても悔しい。
「まあ、にやけていいけどな。おかげで私の自尊心は見事に回復したから。やっぱ私も捨てたもんじゃないわけだ」
そりゃそうである。
なんたって美咲さんは華の女子大生。
ずぼらなことを除いてよくよく見れば、かなりの美人さん。
「つまり、私いけないんじゃなく、包容力がないアイツの方がいけないってことだ」
美咲さんは一人納得してそう言う。
けど、それはどうかはわからない。
美咲さんのいい加減な性格に呆れ果てているかもしれない。
「おい、春坊。またろくでもないこと考えているな」
「いいえ、滅相もありません」
「嘘付け」
美咲さんがぐにぐにと頬をいじりまわす。
「やめてくださいよ」
と、僕は言う。
しかしそうやってじゃれ合っているとき、僕の目の前にある人が立っていた。
「さ、坂本。あんたなにしてるの?」
立っていたのは、綾の親友の小平さん。
ショートカットで感情の起伏がけっこう激しい人だが、僕との相性はあまり良くない。
間の悪いタイミングで登場していつも誤解される。
前も、美咲さんにむりやりデートさせられたとき、腕を組まされたところで小平さんが現れた。最近も、僕と小平さんがぶつかって、小平さんの上に乗ってしまった。
そう、なぜかタイミングの悪いところでいつも鉢合わせ。
それが小平さんと僕の関係。
だから、きっと今も誤解される。
「坂本には綾がいるのに」
「えっ?」
「えっ、じゃないでしょ。このすけこまし」
言葉とともに、チョップが降ってくる。
空手を習っている小平さんの強烈な一撃だ。
「これでも手加減してんだから」
「いてて、ほんとに?」
「ほんとにじゃないでしょ」
小平さんが僕を見て怒る。
「で、この人とはどういう関係なの、坂本。返答しだいでは綾に言いつけるよ」
「綾に言いつけるって。それに美咲さんとの関係は話したような」
「うん、聞いた。けど納得がいかない」
さらに小平さんは、僕に向けてびしっと指をさす。
「そういえば坂本、前見たときは腕組んでいたよね」
「そうだけど」
仕方なくうなずく。
「そうだけどって坂本。そんなんじゃだめでしょ」
あいかわらず小平さんは、すごい勢いでまくし立ててくる。
僕は不謹慎にも、めんどくさいなあ、と思ってしまった。
「あ、それとあなたも説明してください」
「え、私?」
自分を指差す美咲さん。
美咲さんは今までやけに静かだった。
けど明らかに、小平さんと僕のやりとりを楽しんでいる。
なぜなら、その表情には愉悦を隠しきれないでいるからだ。
「そうです。あなたです。あなたは中学生を誑かして何が楽しいんですか?」
まるで風紀委員のような小平さん。
それはまたいきすぎである。
しかし美咲さんは、そんな小平さんを相手に、煽るかのような発言をしてくれた。
「楽しい? そんなのあたりまえじゃん。だって春坊は、私のデート相手だもん」
「坂本、どういうこと?」
「そんなこと言われてもさ」
「説明しなさい」
「えー」
結局、このやり取りが目的地に着くまで続いた。




