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2-10 カラオケ(1)

 





 鳥子さんが予言していた大きな地震。

 それがやって来たのは、あの鍋の日から一週間後の夕方のことだった。

 

 この日は、とうとう彼氏に振られてしまった美咲さんが家に来ていて、なぜか心を落ち着けるために直と僕とでジェンガをしていた。

 そして、そのジェンガが地震によって崩れていく。


「春、地震」


 無表情で微動だにしない直がつぶやく。

 けど、その声色は不安そうだ。


「うわー地震いやだー。あんな男なんてもっとやだー」


 対する美咲さんは、心を静めていた効果もなく大騒ぎしている。

 美咲さんも地震は極端に苦手だという。


 もっとも、地震に強い人などいない。

 地震はしばらくのあいだ揺れ続けて、僕達を不安にさせていく。積み上げてあった本や、ちょっとした小物が落ちたりもする。


 そうして、数分後。

 ようやく地震が止まってくれた。

 

 一息ついたあと、部屋の片付けをはじめる。

 片付けの最中、直がいきなり声をあげた。


「どうしたのさ?」


 美咲さんがびっくりしたように聞く。


「これ、地震で落ちてきた本のあいだに挟まっていた」


「本?」


 直がなんかの券みたいなのを美咲さんに見せる。

 だが美咲さんは、それより先に直が持っている本の方に注目。


「って、これ『親愛なる義妹』じゃん。やっぱりこの部屋にあったのか。ないない、と思ってたんだよな春坊」


「なんでそこで僕を呼ぶんですか」


 美咲さんに対しては、どうもつっこみが先に来てしまう。


「しかも春坊ってやつは、こんな大事なバイブルを、あんなところにのさばらせていたのか」


「あんなところって、それよりもバイブルってなんですか」


「バイブルはバイブルでしょ」


「それじゃあ、僕が変態になってしまいますよ」


「いいじゃん」


 美咲さんは僕の肩をぽんぽんと叩く。

 果たしてそれはどういう意味なのだろうか。


「ところで、美咲」


「ん?」


「これ」


 直が、本に挟まっていた券を美咲さんに渡す。

 すると、美咲さんがつぶやいた。


「カラオケの半額券?」


「えっ、カラオケ?」


 僕もつぶやく。


「しかも今日までじゃんこれ」


 ここまで聞いて、なんだかすごく嫌な予感がした。

 というのも、美咲さんが彼氏に振られる。僕がデートの相手としてあてがわれる。デートがカラオケになる。美咲さんがマイクを離さないで歌い続ける。

 そんな方程式が出来上がっていたからだ。


「よしっ! じゃあ行くか」


「えっ? そんな」


 がしっと、腕でヘッドロックされた僕。、

 抵抗する余裕も与えない。

 そして、顔にその大きな胸が当たっているのも全く気にしない美咲さんがさらに言う。


「行くのか? 行かないのか?」


 一瞬、鳥子さんに教わった相手の動きを止めるツボでも押そうかと思った。

 けど、倍以上になるであろう報復が怖かったので、直前で躊躇してしまう。


「さあ、どっちなんだ?」


 さらに胸を押しつけてくる美咲さん。

 これでは攻撃されているのか、恩恵を受けているのかわからない。


「はっきりしなさい、春坊」


「あ、えっと」


 そう言いつつも、直の様子をちらっと確認してみる。

 しかし、直は我関せず、といった様子で部屋の片づけ。

 助けを求めても無駄だろう。


「で、どっちなんだい」


「い、行きます」


「もっと嬉しそうに」


「行かせてください。お願いします」


 僕は心の底から正反対のことを一生懸命に叫んだ。


「よしっ! さすが春坊」


 美咲さんは納得したのか、ようやく僕を離してくれた。


「じゃあ、直っち。私と春坊はちょっくらストレス解消のデートしてくるから。お留守番を頼むぞ」


「ん。わかった」


 直がうなずく。


「美咲。いつものデートだよね」


「そうそ」


「春」


 そして僕を呼ぶ。


「何?」


「私、料理作ってていい?」


「料理?」


「うん」


「材料はあるの?」


「いつものスーパーで買ってくる」


 僕の真正面に直の無表情が広がっていた。


「いい?」


「うん」


「綾に負けてられないから」


 ただ僕は、上手くいくように祈るしかない。


「それじゃあ、春坊。準備して」


「はい」


 僕は美咲さんに言われたとおり準備をする。

 財布と携帯、それと心の準備を忘れずに。


「さ、行くか」


「はいはい。あ。ちょっと待ってください」


 もう玄関を飛び出している美咲さんを追いかけるために、僕も急いで靴を履く。

 けんけんをして靴をしっかり履き、直に声をかける。


「じゃあ、直。行ってくるから」


「ん。じゃあね」


「うん」


「あ。春」


 直がすべてを見透かしそうな視線でこっちを見る。


「えっと、何?」 


「『親愛なる義妹』はどうするの?」


「えっ?」


「『親愛なる義妹』」


「す、捨てていいからね」

 

 僕はそう言うしかない。






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