2-9 秘密
それから鳥子さんの師範の話をたくさん聞いて、家に戻る。
家に着いた時はすでに十時半。
一日の終わりが刻々と迫ってきている。
僕達はいつもと同じように布団を並べ、寝る準備をはじめる。
前に鳥子さんが地震の予言をしていらい、直は布団をぴったりとくっつけるようになっている。
今日も、少しずつ少しずつ布団を近づけてくる。
「春」
「何? 直」
僕は直にたずねる。
「私、春のことお兄ちゃんって言わないから」
「えっ?」
先日の発言を気にしての直のセリフだろうか。
しかし、こっちはもう気にしていない。
「お兄ちゃんって呼んでいいって言ったこともなしにする」
「それは無理なんじゃ」
「ううん。ノーカウント」
無表情だったが凄い剣幕であるのかのように錯覚させられる。
それくらい直は必死だった。
「わ、わかったよ」
結局、僕は直の勢いに押されてこうつぶやいてしまう。
「ん」
直は満足したのか、いつもどおりうつぶせになった。
そして足でシーツのしわを伸ばすいつもの直のしぐさを見届けながら、僕はいつものように一日を思い返す。
やはり今日は『ジモティーズ』での活動について。
何よりも困っていた竹内さんの手助けができた。
試合には大敗してしまったけど、楽しんでてきたことがとても良かった。
そう思い返しながら寝返りをうったところで、僕の携帯が鳴る。
ディスプレイに表示されていたのは綾。
「直」
「ん?」
「今から電話する」
「わかった」
「相手は綾」
「ん」
一応、直に伝えてから、電話に出る。
そして電話を耳元に当てると、元気のない綾の声が聞こえてきた。
『春』
「どうしたのさ、綾」
『うん』
「家で何かあった?」
『べつに大丈夫』
とはいうが、事実、綾の家庭環境は二年前に大きく変わっている。
母が再婚して、普通では信じられないくらいに大きな家に住み始め、綾自身はお嬢様の真似ごとをするようにもなった。
『あのさ、春』
あいかわらず元気のない綾。
僕はできるだけ明るい調子で言う。
「大丈夫だよ」
『え?』
「元気のないときは、またあれをやればいい」
『また、あれやってくれるの?』
「いいよ。いつでも」
と、僕は返事をする。
「問題ないから」
と、さらに付け加えもした。
『でも、そろそろやめないと』
「そんなことないよ。綾の欲するままにすればいい」
そう、僕達は悪いことをしているわけではない。
ただ、誰にも理解されないだけだ。
結局、綾は少し考えた後こう言った。
『じゃあ、今週の日曜日にお願いしていい?』
「うん、わかった」
『服はいつもどおり私が持って行くから』
「オッケー」
『私、わがままでごめんね』
「いいよ。わがままなのが綾だから」
『そうだけど。でも、そんなことないもん。春のばか』
「そっか。僕はばかだよ」
『ううん。ちょっといいすぎた』
「そう」
『とにかく、ほんとにありがとう。春』
「うん。いいよ」
直も知らないこの秘密の遊戯。
それは互いに性別を交換しあい、夜の街へと繰り出すこと。
しかしそれこそが、唯一、幼馴染の綾に頼られているのだと僕は実感していた。




