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2-8 鳥子の話




 結局、僕達は星のことを話しながら、東風荘の前までやってきていた。

 しかしそこで足を止めたのは、東風荘で一番の不思議な人である鳥子さんが、空を見ながら微動だにしないで固まっていたからだ。


「おや、春くんに直さん。こんな時間に帰ってきてどうしたのかな、と思えば銭湯にいってらしゃったんですね。こんばんわ」


「こんばんわ」


 直も僕と同じようにあいさつする。

 今日の鳥子さんは、神秘的な雰囲気に拍車をかけるように全身黒づくめの格好だった。


「あの」


「どうしました? 春くん」


「今、何をしているんですか?」


「それは私のことを聞いていらっしゃるのですか。ああ、きっと私のことでしょうね。このミサにでも行くような格好に気を取られているのでしょう」


「はい」


「ん」


 僕達はうなずく。

 すると鳥子さんが説明をはじめる。


「じつはですね。春くん、直さん。私の事情というのはたいしたことではありません。本日は私の師範だった人が亡くなった命日でしたので、哀悼の意を込めてこの格好をして、月を見ていたところなんです」


「そうですか、それは」


 僕はなんとも言えずに、あいまいに言葉をにごす。


「そうして、世界の中での自分の存在を確認していたところなんです」


「自分の存在を確認? ですか?」


「そうですよ。自らの存在は脆く儚く途端に崩れ去ってしまうもの。だから私は空を見て、星を見て、月を見て、そして自分を立ち止らせて固定していました」


「はぁ、そうですか」


「はい」


「哲学的ですね」


「ん。哲学的」


 直も言葉をはさむくらいだ。


「いいえ、そんなものでありませんよ。ただ、何秒か、自分を意識的に立ち止まらせて固定してあげればいいだけなんです。そうですね、貴方達も一緒にやってみましょうか」


「え」


 おもわず声をあげてしまう。


「大丈夫です。そのお手伝いを私がしてあげましょう」


「あの、鳥子さん?」


「さあ、上を見てください」


 その言葉と同時に、直と僕はマリオネットで操られたかのように上を向いてしまう。そしてさらに、身動きがとれなくなる。まるで金縛りにあったみたいに動かない。


 時間にして、一分間。

 しかし、世界の中での自分の存在を確認するのには充分な時間だった。


「これも、私の師範だった人が教えてくれた人体のツボをつく技なんです。せっかくなので貴方達に教えてさしあげましょうか?」


「え、いいんですか」


 もっとも習得できるかどうかは疑問である。


「はい、今日は師範の命日なのでいいでしょう」


「では、お願いします」


「じつはある一部分をつけば、誰にも実践できる技なんですよ。美咲さんにからまれたときにでも試してみたらいかがでしょうか」





 

 



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