2-6 銭湯(1)
家に着いたときは、ちょうど夜の九時。
なので、急いで銭湯に行く準備をしなければならない。
「直、急がないと」
「ん」
自宅近くの銭湯は、たしか夜の十時までの営業。
直と僕は急いで風呂道具の準備をして、また家を出る。
銭湯の場所は、都立公園の近く。
だから、そう遠くない。
十分くらいで着くはずだ。
「直、今日楽しかった?」
「ん。スケッチいっぱいできたからよかった」
「じゃあ、帰ったらまた見せて」
「ん。わかった」
直が無表情で返事をして、そこで会話が途切れる。
しかし、直とは会話が続かなくても、問題はない。直の不思議な雰囲気もあるけれど、兄妹としての信頼関係がそうさせる。
直は僕よりも賢くて、自慢の妹。
直も僕のことは、頼りないけど兄だと接してくれている。
この広い空の下、こういった繋がりを感じられるのはもう直だけ。
そう考えたところで、幼馴染との綾が思い浮かぶ。
しかし、綾とは昔ほど繋がりを感じない。
それは二年前に一度疎遠になってからか。あるいは、綾がお嬢様の猫かぶりをして、素の姿を人前では見せなくなってからか。
それとも綾の秘密を目撃してしまい、一緒にその遊戯をするようになってからだろうか。
僕にはわからない。
でも、そう感じる。
「春」
「?」
「春、春」
直の声が聞こえてきて、僕は我に返った。
「春、ぼーっとしてたよ」
「うん」
「何か誘われたの?」
「うん。そうだね」
「何に?」
「思考すること」
「そう」
直が無表情でうなずき、僕は少しずつ意識を周りに持っていく。
どうやら、目的地に着いていたみたいだ。
湯のマークが描かれている暖簾が目の前にある。
「いつのまにか着いたんだね」
「ん。いつのまにか着いていたよ」
直が神妙な面持ちで言い、さらに続ける。
「私も考え事をしていたから、危うく通りすぎるところだった」
「そっか」
「うん」
今度は深くうなずく直。
「私、春と綾のことについて考えていた」
「そうなんだ」
綾と僕のこと。
奇しくも、同じことを考えていた。
「そして、二人の始まらないストーリーについても」
「二人の?」
「そう」
「それって綾と僕?」
「ん」
直はまたもやうなずく。
「どうしてそう思ったの?」
「なんとなく」
切れ長の視線が僕をとらえてくるが、前にも言われたこの言葉の意味がわからない。
双子なのに、どうしてこうも感じるところが違うのか。
僕はそう考えて、あることに気がついた。
直は日頃からスケッチしてるだけあって、人間観察にも優れている。だから、僕にアドバイスをしているのだろうと。
でも、わからない。
それがとても残念だ。
「直」
「ん?」
「やっぱり、二人の始まらないストーリーっていわれても、僕にはなにがなんだがわからないよ。それじゃあ、直と僕に特別なストーリーってものがあるみたいじゃないか」
僕がそう言うと、直は押し黙った。
さらには、しゅんとへこんだように見える。
「どうしたの? 直」
「なんでもない」
「ほんと?」
「ん。ただ、春はわかってない」
「そっか」
直の機嫌は変わらない。
無表情でそのままだ。
ただ、暖簾をくぐっていく直は、ほんの少しだけ肩をいからせている。




