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3-11 ボーリング(3)






 どうやらビギナーズラックというものは本当に実在するらしい。

 なぜなら、最初の投擲から三回連続でストライク。

 自分でもボーリングの楽しさを実感するくらいに楽しんでいる。


「よっしゃっ!」


 今は美咲さんの番で、彼女の投擲したボールが中途半端に並んでいたスペアを射抜いてる。


「このピンアクションが最高なんだよ」


 美咲さんがガッツポーズをして言う。


「この距離感、この感覚。ちょうどいい難易度だったな」


 あの難しいピンの並びを射抜くなんて、精密なコントロールが必要に違いない。

 口で言うのは簡単だけど、相当難しいことをやっている。


「僕にはちょうどいい難易度とは思えませんが」


「何言ってんのさ。真ん中に放り続けることこそ一番難しいのに」


「僕のは偶然ですよ」


「偶然が三回も続けば必然になるぞ。まったく」


 美咲さんがぷんすかして言うが、やはり偶然以外の何物ではなかった。

 この後、僕は五連続もガーターを出して、美咲さんに笑われた。

 世の中うまくいかないものである。


「あはは、春坊はなんでこんなに極端なんだか。笑いすぎてお腹が痛いって」


 しまいにはベンチを叩いて笑いだす。

 まるでワライダケというキノコを食したような勢いだ。


「なんだかわけがわかんないんだけど、とにかく無性におかしいな」


 へんなスイッチが入った美咲さんはなおも笑いつづける。

 感情のたがが外れたみたいで、気持ちよく笑っている。


「美咲さん笑いすぎですよ」


「ごめんごめん。おわびに私から調子を取り戻すとっておきの技を教えてあげるからさ」


「え? なんですかそれは?」


 僕は興味津々になって聞く。


「ほう、やっぱり春坊はあのストライクの感触が忘れられないのだな」


「そうですね」 


 僕がそう言うと、美咲さんは目を細める。

 これからその技を伝授してくれるのだろうか。


「いいかい、春坊。大事なのはリズムとだよ。リズム」


「リズム、ですか」


「そう、後はタイミング」


 美咲さんは立ちあがり、ボールを手にする。

 それで僕の目の前で実演してくれる。


「好きな、男を、射抜く。好きな、男を、射抜く」


 リズム感ある動きなのはいいが、不当な言葉が聞こえてくる。


「美咲さん」


「ん?」


「今の言葉はなんでしょうか?」


「何を言っているんだい。わかってるくせに」


「いや、本気でわからないんですが」


「は?」


 美咲さんが心底驚いたという表情をする。


「あの言葉はリズム取る時の決まり文句だよ。知らなかったのか?」


「知るわけないでしょ」


 あまりのボケに渾身のつっこみをする。

 けど、その反動で敬語が抜けてしまった。


「でも、春坊。私がビギナーの時はいつもあれをやっていたぞ。ああやって、体にリズムとタイミングをしみこませていくんだよ」


 たしかに体に覚え込ませていくには、何か指標があった方がいいのかもしれない。

 しかし、僕が求めているのはこうなんというか速攻で効果が出るものだった。


「そんなものないのだよ、春坊」


 それを言うと、見事に一喝されてしまった。


「そうですか」


「とにかく、春坊はボーリングの申し子じゃなかった。だから、私式の練習をすることだね。私が手取り足取り教えてあげるからな。わぁ、お姉さん優しいぞ」


 自分で言ってしまえば、元も子もないが。

 ともあれ、うなずく暇もなく了承させられる。


 そして、美咲さんのスパルタ式教育が始まった。

 これが目的だと思えてしまうくらい苛烈である。


「はい、私の後に続いて叫ぶ」


「えっと、やっぱりあのセリフを言わなければいけないんですか」


「当たり前だ、春坊」


 美咲さんが口の端を釣り上げて言う。

 明らかに楽しんでいるのがよくわかる。


「期待しているぞ」


 ぽんと背中を叩いてくる美咲さん。


 そこまで言われたらしょうがない。

 やるしかないのだ。


 僕はボーリングのボールを持って、レールまで向かう。

 そしてリズムとタイミングを意識して、ボールを投擲しながら叫ぶ。


「好きな、男を、射抜く」


 なぜこんなことを言っているのかと疑問に思わなくもないが仕方がない。

 美咲さんが一字一句違わずに言わなくてはならないというのだから。


「好きな、男を、射抜く。好きな、男を、射抜く」


 僕はなおも言い続ける。

 すると美咲さんがつっこんできた。


「ホモか」


「いや、違います」


「やっぱり春坊は男が好きなんだな。あはは」


「どうせそのセリフがくると思ってましたよ」


 予想していた通りである。


「もちろん僕はアブノーマルではありませんから」


「なら、春坊はノーマルなのか」


「はい、僕は普通です。女の子が好きですよ」


「ということは、ようやく私の愛を受け入れてくれるんだな」


「え? どういうことですか?」


 ボーリングをしている手を止めて、美咲さんの方を向く。

 美咲さんはというと、真剣な顔でこっちを見つめてくる。

 僕はボリュームの多い髪が迫ってくるような錯覚を受けてしまう。


「美咲さん」


「何だい?」


「間違えました。僕は女の子が好きなのではなくて、綾が好きなんです」


 それを聞いた美咲さんが大いに驚く。

 けど、いずれ美咲さんにも報告しなくてはならない。

 ここで告げても大差はないだろう。


「そっか。良かったな。春坊もようやく男前になったということか」


「いえ、僕は全然です」


「そんなことないぞ」


「いえ」


 ――ぱからん。

 ――ぱここん。


 適当に投擲したボールがきれいな音を立ててストライクを教えてくれる。






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