3-10 ボーリング(2)
所定の手続きを終えて、ボーリング場へ向かう。
専用の靴を借り受けて、いざ出陣。
けど、初めての体験にいささか緊張する。
この独特のクリアな空気感にも困惑しているみたいだ。
なので僕は、ボーリングの穴を見つめるばかりで一向に足が進めない。
そもそもボーリングに対するイメージからして、しゃれた人がやるような遊びというイメージである。そう、それはちょうどダーツやビリヤードなんかを嗜むのと同じような感覚だ。
「春坊、ぼーっとしていないでこっち」
「あ、はい」
美咲さんに呼ばれて、ようやく足を運ぶ。
美咲さんは慣れているみたいで、モニターの機械を次々に操作していく。
あれが起動すると、ゲーム開始なのだろうか。
「春坊、私が全部やっといたから」
「あ、ありがとうございます」
「後は順繰りに投げ合うだけだぞ」
「そうですか」
そして僕は美咲さんに大事なことを言う。
「では、まず初めに美咲さんからで」
「え?」
「手本です」
「そうか」
「はい、お願いしますよ。ここはびしっと一発かっこいいのを」
僕は宴会部長みたいなセリフを放つ。
「えー」
けど、僕の意図を見抜いていたようだ。
「まずは春坊のことを見守って大笑いしようと思ったのにな」
カラオケでも何でも率先してやりだす美咲さん。
彼女にしては珍しいセリフだ。
それほど、僕が困惑している姿でも見たかったのかもしれない。
「美咲さん」
「ん?」
「それは僕がボーリングをやったことないのを知っていていじわるしてるんですよね」
「まあね」
やっぱりそうだった。
とくにボーリングには運動神経が大いに関わってくるのだろう。
手本も見ないでうまくできるわけがない。
「それでは困りますよ。まず、ビギナーは見学するものでしょう」
僕がそう言うと、美咲さんは思慮深げに考えるしぐさをする。
「まあ、そうだよな。とりあえずそれでいいか。じつは私、もう投げたくてうずうずしているし」
「じゃあ、お願いします」
「しょうがないな、春坊は」
その返事とともに、美咲さんがゆっくりと立ち上がる。
そしてボール置き場から投げるボールを確保し、丹念にそれを見つめて集中力を高めていく。
レーンの手前まで行くと、さらに集中力が増した感じになった。
「よし」
美咲さんが助走に入る。
足運びには淀みがない。
経験者のなせる技か。
「ほわわっ!」
そして投擲。
へんな掛け声だったけど、きれいなフォームだ。
投げる瞬間にストライクが約束されている美しさである。
案の定、ボールの軌道もきれいな流曲線を描いて進んでいく。
――ぱからん。
――ぱここん。
やがてボールがピンにまで到達して、見事にストライク。
「よっしゃー!」
パーンと片手を合わせてくる美咲さん。
あまりの迫力に手がじんじんする。
「すごいですね」
「だろー。昔取った杵柄みたいなもんさ」
「へぇ。そうなんですか」
美咲さんの意外な特技を知った気がした。
「じゃあ、次は春坊な」
「えっ? もうやるんですか?」
「そうだよ。順番にやっていくバージョンにしたんだから」
モニターを見ると、僕の名前が映し出されている。
機械にまで迫られているような感じだ。
「さあ、投げろ。春坊」
美咲さんにも迫られて、僕は決意を固める。
無作為に選び出したボールを手に取り、集中力を高めていく。
イメージするのは、美咲さんのきれいなファーム。
けど、掛け声は真似しないようにしよう。
「じゃあ、行きます」
「おう、行ってこい」
美咲さんから言葉をもらい、僕は助走に入る。
ボールをリリースする瞬間を意識して、慎重に投擲へ。
「おっ! いいね。これはいけるんじゃないか?」
美咲さんがボールの行方を見て感想を言う。
たしかにいい感じだ。
スピードはゆっくりだけど、軌道は順調に進んでいる。
――ぱからん。
――ぱここん。
そして、まさかのストライク。
思いのほかうまくいったことに対して、僕は驚く。
「やったな、春坊」
またもや手を合わせてくる美咲さん。
やっぱり手がじんじんする。
「春坊、才能あるんじゃないか?」
「そんなことはないですよ」
というものの、嬉しいことには変わりはない。
まったくもって現金な話である。




