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3-2 充電






 午後の授業が終わり、僕は隣の席の吉田さんと話をする。

 この習慣が出来たのはつい最近のことで、吉田さんは隣人としてよく話しかけてくるようになった。

 

 話の内容はテストがどうだったか。

 主に点数の勝負だ。

 

 今回のテストは僕の出来が良かった。

 けど、吉田さんはそうでもないらしい。

 どうやら彼女は、努力に見合った成果が得られなかったみたいだ。


 しばらくそんな話をしていると、ようやく担任の先生がやってきた。

 担任は残り少ない学校生活を健やかに過ごしましょうという旨を告げて、日直に号令をうながす。

 日直が号令をして、別れのあいさつ。


「起立、礼」


「さよなら」


 今日の学校生活の一日が終わる。


「じゃあね、坂本くん」


「うん、じゃあね」


 吉田さんの軽やかな声を聞いて、僕は教室を後にする。

 今日は直が美術部の助っ人を頼まれていたので、僕は一人で帰ることになる。

 夕食の材料がないから、帰りに買い物へ行かなくてはならない。


「先輩」


 声がした方を振り向くと、そこには予想通り絵里ちゃんがいた。

 サイドにくくった髪を揺らしながら駆け寄ってくる。


「久しぶりですね」


「いや、そんなことないよ」


 たしか五日前くらいに言葉を交わしたばかりな気がする。


「いいえ、私にとっては一日でも会えないと久しぶりになるのです」


「大仰すぎるって」


「そんなことないですよ。今だって先輩に会えて久しぶりだと実感していますし。それにですね、私は定期的に先輩を充電しなくてはいけないのです」


 絵里ちゃんがしみじみと言う。

 なんだか気恥ずかしい。

 なので、僕はちゃかしてでごまかすことにする。


「そしたら、僕が卒業したらどうするのさ」


「その時は先輩を想って過ごしますから」


 真顔でそんなことを言われる。

 おかげで顔が赤くなってくる。

 これは話題を変えなくてはいけない。


「あのさ、絵里ちゃん」


「はい、なんですか?」


「テストはどうだった?」


 ここは最も旬である話題だ。


「テストですか?」


「うん」


「それは図書館で勉強したかいがあって、点数は良かったですよ。特に苦手な数学が今までで一番点数を取れました。これでお父さんに欲しいものを買ってもらえます」 


 この言葉から、絵里ちゃんの家族の温かさを感じる。

 きっと仲の良い大家族なんだろう。

 そんな感じが伝わってくる。


「で、絵里ちゃんは何を買ってもらうの?」


 気になったので、僕は聞いてみる。

 すると、絵里ちゃんは口に手を当てて考えはじめた。


「実は私、まだ決めていないんですよ」 


「そうなんだ」


「先輩と愛を語らう権利でも買ってもらいましょうか」


「そんなことを言ってお父さんを困らせてはいけないよ」


「そうですよね。ちなみに私は、いつでも愛を語らう準備は出来ていますので気が向いたらどうぞ」


「それはパスで」


 間髪入れずに断わると、絵里ちゃんが頬を膨らます。


「あいかわらずな先輩ですね。でも、そんなドSな先輩が好きです」


「あ、えっと」


 僕は困惑する。

 最近の絵里ちゃんは愛情表現がストレートだ。

 ストレートすぎて対処に苦難する。


「それで先輩はどうだったんですか?」


「え?」


「テストですよ」


「あ、そうだよね。テストは数学を除けばだいたい良かったよ。数学だけはどうもだめでさ」


「あー、先輩は数学苦手そうな顔してします」


 絵里ちゃんが断言する。


「その根拠は?」


「メガネをかけていないところですね」


「まったく根拠になってないよ」


 おもわず絵里ちゃんにつっこんでいた。


「とにかく、数学という教科はやっかいです」


「そうだね」


 それから僕達は数学がどんだけ生徒を苦しめているかを語り合う。

 しまいには数学の先生まで糾弾するくらいに発展してしまった。


「ところで私、気になるんですけど」


「何?」


「最近の先輩、元気ないですよね」


 そんなにわかりやすいのだろうか。

 絵里ちゃんにまで見抜かれてしまった。


「どうもそうみたいだね」


「他人事みたいな言い方ですね」


「そうかな」


「はい」


「それは困ったな。友達にもさ、元気がないということは勇気が足りないことだと言われたし」


「勇気ですか?」


「うん」


「じゃあ、綾さんも勇気が足りないということですか」


「え? 綾? 綾も元気がない感じだったの?」


「はい」


 返事をした後、絵里ちゃんは顔を曇らせる。


「どうしたの?」


「私、綾さんに発破かけすぎちゃったかもしれません」


「え?」


「でも、じれじれすぎる先輩達がいけないんですよ」


 それを聞いた僕は、絵里ちゃんにさとすように言う。


「じれじれとかそんなんじゃないんだ。今、綾と僕には壁があって距離があるんだよ」


「そんなことありません。先輩、弱気になっちゃいけませんよ」


 絵里ちゃんが背中をバンと叩く。

 いつもより加減が強い。


「そうかな」


「そうですよ」






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