3-1 自覚
綾の様子がおかしい。
少し態度が変化している。
それは勉強会の時からずっとで、あの日から十日ほど経っても変わらない。
期末テストも終わり、綾にも感謝したいのに微妙に避けられている。
微妙にというのがほんとに微妙で、注意していないと見過ごしてしまうくらい。たしかに避けられているのがわかる具合でもあるのだが、それは絶妙な匙加減だといえる。
けど、その絶妙なさじ加減が僕にダメージとして効いている。
胸を細い針で突かれているような気分にもなり、なんだかよくわからない綾への想いが強くなっていく。
そんなことはあるはずがない。
僕が考えている気持ちは一時の気の迷い。
などと、自分に言い聞かせようとする。
が、そうはならなかった。
いい加減自覚するべきだった。
関係性の安定を図るよりも大切なこと。
それは、僕が綾を幼馴染以上の関係として思っていたことだ。
その考えは、直に始まらないストーリーって切ないと言われてもまだ目覚めなかった。さらには絵里ちゃんに告白されても目覚めなかったし、奏ちゃんに想いを告げられても目覚めなかった。
しかし、綾との距離を置いて目覚めてしまった。
ここ最近、綾が不可解に取ってくる距離のせいで気がついた。
このことを深く意識して考えると、胸が極端に苦しい。
結局、直はそれを是としたけど、僕には良いと思えない。
この広い世界に一人取り残される気分にもなってしまう。
これは読んでいる途中の恋愛小説にも書いていない。
なので、わからないことは考察しようがなく、僕は懊悩の中でもがき続けている。
「春。おい、春」
「あ、ごめん」
小倉くんに声をかけられて気がつかないでいた。
「春、あいかわらず元気ないのな」
小倉くんが購買戦争でゲットしたパンを口に運びながら言う。
今はちょうど昼休み。
小倉くんと僕は二人で昼食をとっている。
「そうかな」
「というか前より元気なくなってないか? 憔悴している感じだし」
「そんなことはないよ」
「いや、そんなことはないよってそれはないぜ。俺はオマエをずっと見ているんだから」
「え?」
「いや、もちろん変な意味じゃないぜ。真っ当な意味でだ。いくら俺が露出狂だからって、そっち方面の気持ち悪い勘違いはやめてくれ。ホモじゃないぞ」
「てか、露出狂なのは認めるんだね」
僕がそう言うと、小倉くんはまぶしいばかりの笑顔でうなずく。
「ああ、それは俺のポリシーでもありアイデンティティーでもあるからな」
「そっか」
僕は呆れた視線を向ける。
けど、小倉くんはそれに屈しない。
「なんて顔をするんだ、春。いいか、脱ぐことは素晴らしいことなんだぞ。すべてを解放するんだ。脱ぐこと――それだけで俺達は涅槃へ、シャングリラへ行ける」
熱弁を振るいだす小倉くんを止める手立てはない。
もはや黙って見守るだけである。
「それはそうと、春」
「あ、何?」
どうやら戻ってきたみたいだ。
「オマエの原因は遠藤なんだろ」
それで話も戻ってきた。
「で、ついに浮気でもやらかしたか?」
「いや、それは違うんだけど」
「そうか、また浮気なんだな」
何を察知したのか、声高に浮気を主張してくる小倉くん。
そして声をひそめて言ってくる。
「最近は隠れファンの多い大和撫子の吉田さんと仲良くしてるしさ」
隣で吉田さんが小さなくしゃみをする。
一緒にお弁当を食べていた女の子に、かわいいくしゃみだねと言われている。
「いや、待てよ。前に遠藤と言い争いをしていたあの後輩かもな」
それは絵里ちゃんのことに違いない。
「それともあれか、隣の美人のお姉さんと大人の関係か」
美咲さん、あるいは奏ちゃん。
「浮気かぁ。ばれてもいい、もてれば」
「回文」
いつのまにか近くにいた直が、ぽつりとつぶやく。
「回文? 回文ってなんだ?」
小倉くんが直に聞く。
「上から読んでも下から読んでも同じ文。ばれてもいい、もてれば」
「え? まじか。おおー、俺すげー。天才だ」
小倉くんが小躍りしている。
あいかわらず彼は明るい。
そしていつもと変わらない。
その元気に僕は救われているのかなと思う。




