2-10 カレーライス
直と奏ちゃんの料理は佳境を迎えていた。
メニューは、材料さえ間違わなければ誰にでも作れるというカレー。
定番の肉やジャガイモなどに、ナスとピーマンを加えた夏カレー風味だ。
「春、出来た」
「出来たよ」
二人の声を聞いて、僕は本から目を離す。
食卓の準備を整えて、カレーが運ばれてくるの待つ。
すでにいいにおいが漂ってきていて、食べるのが楽しみだ。
「はい、どうぞ」
僕の前に皿が置かれる。
そして自分達の前にも皿を置き、席に着く。
「では、いただきます」
「「いただきます」」
スプーンですくい、カレーを口にする。
「あれ?」
いつもの味気なさがない。
とてもおいしい。
直は誰かと一緒に作るとおいしくなるのだろうか。
「どうしたの? 春くん」
奏ちゃんが僕に聞く。
「いや、おいしいと思って」
「ほんと?」
「うん」
僕がうなずく。
すると、奏ちゃんが派手に喜ぶ。
直も無表情で嬉しそうにしている。
「実は私、料理にはまったく自信がなくてね」
「そうなの?」
「うん。だからカレーにしたんだ」
「へぇ、そうなんだ。でも、謙遜しすぎじゃない?」
「そうかな」
「そうだよ」
僕は思う。
やっぱり奏ちゃんは謙遜しすぎだと。
勉強会の時もそうだったし、今もそうである。
「ところで春くん」
「何?」
「今日の綾ちゃん何かあった? この前会った時と違ってあまり元気がなかったみたいだから」
僕は言葉をなくす。
正直どう言えばいいかわからなかったからだ。
「奏、綾は告白されたから元気がないの」
代わりに直が口を開く。
「綾はね、告白された相手のことを忘れないように心に刻みつけるの。だから、その間少しだけ元気がなくなるの」
「そっか」
奏ちゃんがうなずく。
「綾ちゃんもてそうだもんね。あのあどけない感じがとてもかわいいし」
奏ちゃんの言う通り、綾はもてる。
ファンクラブもあるくらいで学年の人気者だ。
「春くんが守ってあげないとね」
「僕が?」
「そうだよ。私は春くんのことを忘れられなくてこの街に来たけど、春くんと綾ちゃんの仲も気になっているから。それに二人ならやぶさかではないと思っているんだ」
ここでも謙虚な奏ちゃん。
「でも、綾と僕は幼馴染の関係でそれ以上は何物でもないんだ」
僕は真実を述べる。
けど、奏ちゃんは反論する。
「そんなことないよ。この前と今日で二人に会ってみて、幼馴染以上に信頼しあっているなと思ったし。私、積み重ねてきた年月や思い出には勝てないな、と考えちゃったんだ」
奏ちゃんがしみじみと言う。
「だから私のことなんかよりも、二人のことを応援したくなっちゃたりしてね。お似合いの二人だから」
奏ちゃんの困惑している心情が伝わってくる。
もちろん、僕もどうしていいかわからない。
こういう男女の機微に対処する方法など、正確にはないのかもしれない。
だから、ここまで悩んでいるのだろう。
「って、なんでこんな話しているのかな。私は」
奏ちゃんは、おさげ髪をいじりながら照れくさそうにする。
「そういえば、そんなことよりも直ちゃんに言いたいことがあったんだ」
「ん? 何?」
直が聞く。
「直ちゃん。今度さ、昔みたいに遊びにいかない?」
「ん。いいかも」
「春くんと直ちゃんと綾ちゃんと私で……あ」
ふいに奏ちゃんがつぶやく。
何事かを思いついたらしい。
「どうしたの?」
と、僕は聞いてみる。
「秘密」
と、答えが返ってくる。




