2-8 ハーレム談義
綾がやってきたのは勉強会を始めてから三十分後。
その頃には勉強会の方は順調に進んでいて、奏ちゃんも教え役と精を出していた。
奏ちゃんはマリアさんほどのすごさはない。
けど、奏ちゃんの教え方も堂に入っていてわかりやすい。
さすがは年長者である。
「綾、ようこそ」
「直、遅くなってごめん」
「ん。いい」
直が綾を向かい入れて、本日の勉強会のメンバーが集まる。
僕以外では、直、綾、小平さん、奏ちゃん。
この狭い部屋にしては大所帯。
座る場所がかろうじてあるくらいだ。
「坂本」
小平さんが耳元で僕を呼ぶ。
あまりいい予感がしない。
「えっと、どうしたの?」
僕が聞くと、小平さんは神妙な顔をして言う。
「私気づいたけどさ、このあまり広くない部屋に女の子ばかり四人も集めて、アンタもとんだハーレムだよね」
「ハーレム? とんでもないよ」
「いや、そうでしょ」
「違うって。もしかしたら表面的にはそう見えるかもしれないけどさ。でも、妹はハーレムに含まれないんじゃないかな」
「何言っているのよ。今の世の中には妹だけでハーレムを形成している話だってあるんだからね。たしか十二人全員が妹みたいな話だったけど」
「十二人?」
「うん」
そして小平さんは、妹がハーレムに含まれるという話をしてくれる。
けど、その話はどうにも現実感がない。
「てか、極端すぎて参考にならないよ」
というよりも、その前になぜこんなことを真剣に議論しているんだか。
奏ちゃんは勉強しているし、直と綾は何事かを話しているのにだ。
「それにさ、ハーレムって好きとか関係してくるんじゃないかな」
「それを言うなら、みんな坂本のことが大好きじゃない」
「え?」
小平さんは自分の発言の不可解さに気がついていないのだろうか。
直と奏ちゃんはともかくとして、綾と小平さんに限ってそれはない。
なので、僕はそれを指摘する。
「それじゃあ、小平さんも僕のことが大好きになっちゃうじゃないか」
たとえばの話として挙げただけでも、あり得なさがにじみ出ていて笑えてくる。
「え? わ、私?!」
「そうだよ」
「そ、そりゃあそんなことないけどね。坂本だし」
小平さんは僕とあった数々の災難を思い出しているに違いない。
顔を赤くして憤慨する。
「だからハーレムじゃないよ。ね、小平さん」
「ね、じゃないわよ」
ガツン、とチョップが降ってきた。
一連の会話の流れが癇に障ったのだろうか。
ともあれ、一日に二度もくらうなんて予想外だ。
理不尽だとは思ったけど、小平さんだから仕方がないのかもしれない。
「真由」
と、そこで綾が小平さんに話しかける。
綾のあどけない顔が小平さんに寄る。
「ごめんね」
「え? 遅れたこと? やだなぁ、そんなのべつに気にしてないって。こっちこそ先に勉強会を始めていたし」
小平さんの言葉に、綾がなんともいえない表情を浮かべる。
その胸中は僕にしかわからない。
いや、僕でさえもわからない。
綾は何度も告白されて断わっていること。
しかも、それを胸に刻み込んでいる。
「ごめんね、真由」
「だから、何を謝ってんのって」
小平さんがたしなめる。
すると、綾は無理にでも笑顔を浮かべる。
「うん。そうだね」
「ほら、元気だしなって、綾」
「うん」
「私なんかね、今日一目ぼれしていた人に振られたのにこんなに元気なんだから」
「うん」
綾がうなずく。




