2-6 失恋記念日
「私は本人に言われたら納得せざるをえないの」
「……」
「それに彼の様子を見ていると、万に一つの可能性もないと思ったし」
「……」
僕が変わらずに無言でいると、そのことを小平さんに指摘される。
「その無言は何? 直情径行の気がある私だってさ、それくらいわかるわよ。残念なことにね、私はそこまで空気の読めない子ではないの。あんたみたいに」
「僕?」
「そうでしょ。こののんびり男」
都立公園の帰り道。
僕はあいかわらず小平さんにやり込められている。
あれから綾とは問題なく別れ、今、小平さんと僕は家に向かっている途中だ。
「ねぇ、坂本」
「何?」
僕は聞く。
「今日の私、失恋記念日なの」
「うん」
「だから、あんたにくだを巻いていい?」
「え?」
「つまり、あんたをだしにして訳のわからないことをぐたぐた言うつもり」
「えっと、そんなこと言われても」
僕は当然のことを口にする。
けど、小平さんは全く意に介さない。
「だって坂本、あんたがあそこで私と彼を出会わせたんだからね。それくらいする権利はあるわよ」
「そっか」
「そっかじゃないでしょ」
ガツン、と軽めのチョップが降ってくる。
これをくらったのはいつ以来だろうか。
なんだか懐かしい気がする。
「坂本、どうしたの?」
「あ、うん」
「もしかして予想以上に痛かった? 大丈夫?」
小平さんがめずらしく心配そうな表情で見てくる。
そして僕は、小平さんのそんな表情を見たことがない。
なので、不覚にもどきっとした。
「大丈夫だよ」
「そ、そっか。心配して損したし」
小平さんはそっぽを向く。
ショートカットの髪が勢いよく揺れる。
「でさ、坂本。ほんとはわかってたんでしょ。彼が断わることを」
小平さんが真意を聞いてくる。
「だって彼は坂本を信頼していたみたいだし。それにさ、この後勉強会みたいなのがあるのも私を慰めてるみたいだし。で、どうなのよ?」
僕は黙ってうなずく。
大方、小平さんの言う通りだからだ。
「やっぱりそうか」
「うん、そうなんだ」
「そんなに気を使わなくてもいいのに。私、大丈夫だからさ」
「ごめん」
「だからそういうのがいらないっていうの」
「そうだね」
結局、僕達はそんなやり取りをしながら東風荘にたどり着く。
小平さんはくだを巻く宣言をしただけあって、相当僕に絡んできた。
「ただいま」
「おじゃまします」
自室の古いドアを開けると、直が急いでやってくる。
「おかえり。そしてようこそ真由」
「え?」
「は?」
小平さんと僕は呆気にとられる。
理由は直が執事服を来ているからだ。
「直、どうして」
「執事服は言われていないから」
無表情でしてやったりといった感じの直。
しかし、なんでそんなに誇らしげなんだろうか。
訳がわからない。
「春くん、おじゃましてます」
「か、奏ちゃんもか」
「はい」
奏ちゃんが直の後ろからひょっこりと出てくる。
彼女もまた、大変残念なことにメイド服を着ている。
印象としては、まめに働く真面目なメイドみたいな感じだ。
「あのさ、坂本んちってなんなの?」
「なんなのっていいたくなる気持ちはわかるよ」
「いいや、それ以上の気持ちだから。だいたい次々と女の子が出てきて、さらにはコスプレ好きな人が多くて」
「そうみたいだね」
「あ、真由ちゃんだよね。私は隣に引っ越してきた稲葉奏で、坂本家とは昔からの知り合いなの。それで今日は、私が勉強を見ることになっているからよろしくね」
「あ、はい」
さりげなく小平さんに自己紹介をする奏ちゃん。
このドッキリみたいな状況にあって抜け目ない。
「も、もしかして坂本」
「何?」
「この敷地に踏み入りたいならば、コスプレをしろとか強要するんじゃないでしょうね。そういえばこの前だって無理やりだったし」
「えっと、小平さん何言っているの?」
しかも、ハロウィンパーティをそんなふうに思われているなんて心外だ。
「とにかくこんなことになってあれだけどさ、いつまでも玄関の前に立っていないで中に入ってよ」
「いきなり美咲さんが出てきて着替えさせたりとかしないよね」
小平さんはなぜか警戒心を強めている。
「大丈夫だって」
「ほんと?」
「うん」
僕がうなずくと、小平さんはようやく納得して入ってくれた。




