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1-12 夢






 その日、僕はある夢を見た。

 そしてその夢は、不思議と既視感を覚える種類のもので、同じ並行世界の違う自分を見ているようでもあった。


 夢の中で僕は、今以上に幼馴染と上手くやっていて、人の感情の機微もしっかり読めている理想的な人だった。さらには兄思いの妹、優しい先輩後輩、忠告をしてくれる隣人なんかがいて、日々幸せと言える生活を送っていた。


 そう、すべては順風満帆に時が過ぎていった。

 やがて僕は、そうであろうと望んだ未来であるかのように、周囲の人に祝福されて幼馴染と恋仲になった。


 幼馴染はじゃじゃ馬でわがままだけど、とてもかわいくて、何よりも僕を好いてくれた。

 こっちが躊躇してしまうほどの好きっぷりで、僕はたじたじになるほどだった。


 でも、だからこそ僕は、ずっとある思いを抱き続けてこれた。

 それは彼女を抱きしめるのが自然であるかのように思えたことであった。

 愛情こそ不確かなものに違いないと感じながらも、それを考えずにいられた。

 

 そうして幾年かが経っただろうか。

 ある日突然、素粒子が崩壊していくかのように、あっさりと幼馴染との関係性が崩れてしまった。


 幼馴染は僕のもとを去り、僕は叫び続けていた。

 何を叫んでいたかはわからないけど、とにかく大声で言葉を発していた。


「――、――、――」


 いや、言葉ではなかった。

 それは慟哭だった。


 失っていけない何かを失ってしまった時、感情が荒々しく奔流して発生する魂の憤りであって、僕は無心で何かを叫んでいた。

 こうして叫び続けているところでようやく我に返った。


「……」


 僕は目を覚ます。

 意外とぱっちりと。 


 もちろん、見ている天井も普段と変わりはない。

 が、まるで舟にでも酔ったような酩酊感があり、空気がぐっと重く感じる。


 ともあれ、僕は気分転換しようと台所へ向かう。

 コップで水をくんで、それを一気に飲む。


「ふー」


 一つため息。


「それにしても、すごく嫌な夢だったな」


 僕は夢について思い返す。

 夢ははっきりと覚えていて、壮大なドラマにしあがっていた。

 幼馴染と仲良くしていたけれど、それを手放して泣き叫んでいる夢。


 何かの暗示だろうか。

 深く考える。


「……」 


 考えた結果、なぜか彼女のことを思い出す。

 稲葉奏。

 僕の一つ年上で、再会した時にいきなりキスをしてきた人。

 

 なんでもない日に見た夢に重なり、現実にも彼女が現れた。

 昔と変わらずにおさげ髪でやってきて、僕と邂逅した。


 絵里ちゃんとともに、僕を非日常にした人だ。

 ふいに彼女の言葉が脳裏をよぎる。


 ――私、最初の機会で恋を感じていないのなら、それはもう恋ではないと思うの。

 ――どうしてそう思うの?

 

 たしか僕はそんなことを聞いた。

 それで答えはこうだった。


「だって私は、初めて貴方に会ったときからずっと恋しているからかな」


 この言葉にどう答えていいか。

 それが僕にはわからない。

 もちろん、僕の気持ちも不明だ。


 吉田さんに借りた恋愛小説には、そのようなことはまだ書いていない。

 なので、処方箋にはなっていない。


「はぁ」


 リフレインしてやまない彼女の声。

 それとキスの場面。


 正直、絵里ちゃんの告白よりもインパクトがある。

 おかげで、最近の僕は思考回路が上手く働かない。


「春」


「あ、直」


 振り返って見れば、直がこっちを見て心配している。


「最近、夜中に良く起きてる」


「うん」


 一緒に暮らしている。

 だからごまかしは通じない。


「やっぱりあの事?」


「そうだね」


 僕はうなずく。


「春、私の成長した胸でなぐさめてあげる」


「直」


「ん?」


 きょとんと首をかしげる直。


「こういう唐突なボケは拾いきれないよ」


「ボケじゃないのに」


 自覚していないのなら、さらにたちが悪いと思うのだけど。

 





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