1-10 銭湯(4)
電話を終えてロビーに戻ろうとする。
けど、すでに直と小倉くんが外で待っていた。
どうやら長い時間電話をしていたらしい。
「春、荷物」
「ありがとう」
小倉君に荷物を持ってきてもらったお礼を言う。
「どういたしまして」
小倉君はキザな動作で対応する。
「春」
「何?」
「電話、誰だった?」
「綾だよ」
「そう」
直がうなずく。
「あ、直」
「ん?」
「明日の昼、屋上に行く。それとお弁当いらなくなった」
「綾が作ってきてくれるの?」
「うん」
僕がうなずくと、小倉くんが目を見開いて驚く。
「なにぃー。春、遠藤にお呼ばれしている時は弁当を作ってもらっているのか? そんなラブコメ的イベントがあったのかよ。ちくしょう、春め。ものすごく羨ましいぜ」
小倉くんの視線がぐさぐさと突き刺さる。
事実無根なのだが、強くは言えない。
「きっとさ、あーんとかやっているんだろうな」
いや、それには美咲さんとの嫌な思い出が。
ともあれ、小倉くんの妄想がどんどんと広がっていく。
さらには身悶えまでしている。
「春。後日、俺に逐一報告しろよな」
「えっ、それはちょっと」
「ちっ、冗談だよ」
小倉くんは不服ながらも納得してくれる。
「じゃあ、そろそろ俺は帰るから。まだ話していたいけど、明日も学校あるしな」
「そうだね」
小倉くんが僕達から離れて、自転車置き場の方に行く。
そしてそのまま自転車に跨り、こっちに向かって手を挙げる。
「じゃあな。春、直」
「じゃあね」
「バイバイ」
小倉くんが自転車を漕ぎだし、見えなくなっていく。
僕は小倉くんの残像を見つめながら、隣に立っている直に言う。
「直、帰ろうか」
「ん」
僕達も歩き出す。
夜道で湯冷めしそうになるから、少しだけ速足だ。
道中は、迫ってきた期末テストのことを軽く話しながら歩く。
「直、そろそろテストが近いよね」
「うん」
「勉強は大丈夫?」
「大丈夫」
いつもの淡々とした会話だ。
夜道を歩くのにはちょうどいい。
「春はどうなの?」
「どうって?」
「勉強」
「ああ、これからなんとかしなきゃって感じかな」
「そっか」
直が気まぐれに石ころを蹴飛ばす。
すると、石ころは力なく転がっていく。
その石ころの行方をなにげなしに見ていたら、直がまた口を開く。
「春。わからないところがあったら、私が教える」
「ありがとう、直」
「うん」
うなずいて、僕は先ほどの電話の内容を思い出す。
「そういえば、直」
「ん?」
直が首をかしげる。
「今週の日曜日さ、うちで勉強会したいんだけどどう?」
「私はいいよ」
「予定では綾と小平さんに来てもらうことになるんだ」
「そっか」
「うん」
とりあえず直の了承は取った。
とはいっても、問題ないだろうと思っていた。
「そうそう、直。この前、綾の家で勉強した時もはかどったから、この勉強会は有効だと思うよ」
「へぇー、楽しみ」
直が無表情でわくわくする。
「うん、勉強だけど楽しみだよ」
ただ、小平さん関係の事情がメインではある。




