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1-5 ケ・セラセラ






 結局、図書館で他の本を借りることもなく学校を出る。

 今日は直に用事があると告げていたので、一緒に歩いてはいない。つまり、一人で帰宅の途についている。

 

 車の往来が激しいイチョウ並木を通ると、冬が近づいているのを実感する。

 イチョウの葉がだいぶ落ちてしまって、枝だけのが増えてきた。


 僕はポケットに手を突っ込みながら、いつもの道を歩く。

 寒いほどではないが、寒くないほどでもない。


「あ、ネコ」


 綾と別れる都立公園前の月極駐車場の前でネコを発見する。

 直に変な名前をつけられたあのネコだ。

 僕はなにげなく近づいてみるが、距離を取られてしまう。


 やはり動物との相性は悪い。

 直のようには上手くいかない。

 けど、遠くからでも問いかけてみる。


「おまえは気楽か?」


 返事はない。


「にゃあ」


 と思ったら、鳴いてくれた。

 僕はなんだか救われた気分になって、ネコを見送る。

 ネコは黙ってこっちを見ていたけど、やがて足早に去っていく。


「やっぱりつれないなぁ」


 ネコも人を選んでいるのだろうか。

 ならば、何を判断材料にしているのか。


 そんなことを考えながら、やがて家に近づく。 

 坂道を下ると、なにやら煙が立ち込めているのが見えた。


 位置からして東風荘だ。

 何事かと思い、ダッシュする。


「あ、春くん。遅かったですね。さて、春くんはいつ帰ってくるのかとみんなで考えていたところなんですよ」


「と、鳥子さん」


 他に、東風荘の前には直と美咲さんもいる。

 どうやら深刻な事態にはなっていないようだ。

 煙で火事を連想するのは考えすぎだったのかもしれない。


「ところでみんなは何をしているんですか? ここで焚き木?」


「焚き木? んなわけないつーの。実家から荷物が届いて、それでサツマイモ焼いてるんだな」


 美咲さんはほくほく顔。


「春、サツマイモだから」


 直は粛々といった調子。


「そうです。サツマイモですね。もっとも私は、煙の行方を眺めて、日々流転していくことを考えていたのですが」

 

 鳥子さんはいつもと変わらない。

 三者三様の返事は、なんだか僕に安らぎを与えてくれる。


「春坊、何、感傷的になっているんだよ。ほら、サツマイモでも食べて元気を出しなって」


 美咲さんにサツマイモを手渡される。 


「あちちっ」


 危うく落としそうになった。


「春、軍手」


「ありがとう」


 僕は軍手をはめて持ち直し、サツマイモを頬張る。

 すると、口いっぱいに素朴な味が広がった。


「おいしいです、美咲さん」


「そりゃそうよ。ものすごい品種改良がされた一本千円はするやつだからな」


「え、ホントですか?」


「いや、嘘だけどさ」


 今日も美咲さんは絶好調だ。


「まあ、それはともかく春坊。最近何か悩んでいるみたいだな。どうなんだ?」


「あ、それは」


 僕は頭をかいてごまかす。

 美咲さんにまで見破られているなんて思いもしなかった。


「で、美咲お姉さんに相談はないわけ?」


「えっと、これは自分で解決しなくてはいけない問題なので」


「お? なんだって? つまり、私には言えないことなのかい」


 なぜかチョークスリーパーをかけてくる美咲さん。

 サツマイモがのどに詰まりそうになる。


「み、美咲さん、ギブです。止めてください」


 僕は必死になって抵抗する。

 胸の感触やらがあったりもしたが、極力気にしない。


「あの、言いますから」


「よし。最初からそうしていればいいものの」


「はぁ」


 ため息を一つ。

 その後に語りだす。


「実はですね。女の子のことなんです。それしか言えません」


「そうか。女の子のことか。つまり、恋愛的な意味なんだな?」


「たぶんそうだと思います」


「それならばな、当たって砕けろでいけばいい。あの幼馴染と相思相愛のくせに何を言っているか」


「あ、えっと。幼馴染ではなくて。それに幼馴染とはそういう関係にはなりません」


「え?」


 途端に不思議そうな目つきになる美咲さん。

 そんな中、鳥子さんが口を開く。


「春くん。あなたに女難の相が出ているのは前に話しましたね」


「あ、はい。女の子のことで悩んでいるというのは、広義的な意味ならば女難だと言えるのかもしれません。でも、僕はそうではないと思います」


「いいえ、そのことに心を奪われているなら、それは女難と言えますよ」


「そうですか」


「とはいえ、あなたの女難はそんなに悪い意味でありません。自分の心の在り方を定めるのにはとても重要な儀式だと思います」


 儀式。

 その言葉を聞いて、僕は綾を思い出す。

 そう、秘密の儀式のことだ。


 現在は、今までやってきた秘密の儀式が小平さんに見つかってしまって、どう対処していこうか対策を練っている。

 綾の女装はばれなかったけど、小平さんを騙すことになっている。


 それは相談して出した結論で、どうしてもやらなくてはいけない。

 後は最善の対処法を施すだけだ。


「どうしたの? 春」


 直のすべてを見透かしそうな瞳が、僕を見つめている。


「なんでもないよ、直」


「そう」


「うん」


 僕はうなずく。


「春、きっとなるようになるよ」


「え?」


「ケ・セラセラ」


 直は呪文のようにつぶやく。






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