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1-1 元気と勇気






「春、春」


 それは優しくも低音な直の声。

 さらには、揺り起こすような軽い衝動。

 何度かあった光景だと思いつつも、意識を覚醒していく。


「ごめん」


「ん」


「ぼーっとしていた」


 直は無表情で怪訝そうなしぐさ。

 世の中のすべてを見透かしてしまいそうな瞳が、僕を熱心に見つめる。


「春」


「何?」


「ここ最近、どうしたの?」


「あー」


 僕は言葉を濁す。

 たしかに最近は考え事をしていることが多い。

 しかも、教室でぼーっとしていたら心配されても仕方がない。


「言えない?」


「いや、そういうわけではないんだ。ただ、心の一番深い部分が曖昧模糊としていて、全然整理がつかないでいてさ。なんていうか、雲や霧をつかむような不思議な感覚でいるんだよ」


「そっか」


 直がうなずく。


「とりあえずお昼食べよ」


「あ、うん。そうだね」


 今日はどうやらここで食べるらしい。

 隣の机を借りて、僕の席にくっつけてくる。


「さて」


 気を取り直した僕は、お揃いのトートバックからお弁当を取り出す。

 以前は交代制だったお弁当作りも、今は直がすべてを担当している。


 しかし、そうしてから約一カ月半くらいが経ったけど、直の味気ない料理の腕前は変わらない。

 料理はあいかわらず直の鬼門だ。


「直。小倉くんの席も用意しないと」


「ん」


 購買戦争に駆り出された小倉くんのために、もう一つ机をくっつけておく。

 そして机をくっつけ終えたところで、小倉くんが戻ってきた。


「春、飯を食おうぜー。って、今日は直がいるぞ」


「ん」


「やったぜ。イェーイ」


 テンション高くハイタッチを強要してくる小倉くん。

 けど、僕はそのノリについていけない。


「春、なんだよ。元気ないじゃないか」


「いや、いつも通りだと思うよ」


「そうか?」


 小倉くんは首をかしげる。


「やっぱりそんなことないんじゃないか? そういえば最近、なんか元気ないみたいだし。そうだ。俺がここで脱いだりしたら元気が出たりして」


「いや、それはないから」


 直もうなずいている。


「それにしてもさ、最近の僕は元気がないように見えるんだ」


「ああ、見えるぞ」


 そう言った小倉くんは、焼きそばパンの袋を開けてかぶりつく。


「そっか。でもさ、それは元気がないのとは違うんだ」


「そうなのか? じゃあ勇気が足りないわけか」


「勇気?」


「そう、勇気だな。要するに、現状を変えようという勇気がないから元気がないように見えるんだよ」


「えっと、どういうこと?」


 どうにも話がトンチンカンな方に転がっている。


「いや、俺も適当かましただけだけどな」


「そうなんだ」


 僕はため息をつく。


「ていうか、どうせ幼馴染のことなんだろ」


 小倉くんがしたり顔で言う。


「いや、違うよ」


「何? それなら浮気か?」


「浮気って」


 僕はまたため息をつく。


「いいか、春。してしまってからではもう遅い。でも、必ず夫婦で解決しなきゃいけない問題事なんだぞ」


「いや、だから違うって、それに夫婦じゃないから」


 僕は懸命に抗議をするも、まったく聞き入れてもらえない。

 昼休みの喧騒はまだまだ続いていく。






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