3-15 文化祭(7)
「先輩、これで全部お札をあるべき場所に置きましたよね」
「うん、置いたみたいだね」
お化け屋敷も終盤戦。
三分の二は確実にすぎている。
絵里ちゃんもこの雰囲気にだいぶ慣れたみたいで、もう悲鳴を上げなくなった。
やはり人間の順応能力というのは高い。
何事も慣れが大事だと身を持って体感する。
「先輩。またお化けいましたよ」
と思ったけど、くっついてくるのは変わらない。
僕にとっては、絵里ちゃんが背後霊のようだ。
「重いよ、絵里ちゃん」
「そ、そんなこと言われても困ります」
頑としてしがみつく絵里ちゃん。
その姿からは、最初のラブラブイベント計画などとうに忘れているのだろう。
とりあえず、かわいそうだから突き放すこともできない。
「さぁ、もう少しだから前に進もう」
「はいぃ」
聞こえてきたのはすっかり疲れ切った返事。
あの元気娘の絵里ちゃんがこれだから、精神の疲弊がかなり激しいに違いない。
「次はこっちかな?」
「もう先輩に任せます」
「いいの?」
「はい。私はいっぱいいっぱいですから」
絵里ちゃんがそう言うので、僕は左右に別れている道を直感で選ぶ。
結果、いろんなタイプの幽霊には遭遇したけど、行き止まりに当たることなく順調に進んでいく。
もう出口も近い。
明かりがかすかに漏れていて、外の声が聞こえてくる。
「うらめし……」
と、その時だった。
今までに出会った幽霊の中で一際やる気のない声が聞こえた。
しかも、聞き覚えのある声だ。
僕はその幽霊に一番びっくりして、まじまじと顔を見てしまう。
「岩崎さん」
お化けの格好はしているけど、あまり気合いが入っていないからすぐにわかる。
正直、お化けなのにこれほど自然体でいるのも珍しい。
隣を見れば、絵里ちゃんも同じようにびっくりしている。
「岩崎さんはここのクラスでしたか」
「ああ、そうだよ」
「ジモティーズでも今日会ったときも一切言わないものだから、少しは気になっていたんですよ。催し物は何をするのかと」
暗に非難を込めて言ってみる。
けど、岩崎さんはまったく意に介さない。
あっさりと話を変えた。
「それよりもさ、やっぱりおたくら来たんだな」
「やっぱり来たとはどういうことですか?」
「ああ、深い意味はない。なんとなくそう思っただけだ」
岩崎さんらしい物言い。
僕は笑いがこみあげてくる。
「それにしても、岩崎さんがこんなのやると思いませんでしたよ」
「勘違いするなって。むりやりやらされたんだ。私はさ、文化祭を受動的に楽しむつもりだった」
「では、なぜ?」
「リーダーの人に、私達のお化け屋敷で心身困憊してしまった客を脱力させてほしいって言われてね」
「あ、そういうことですか。それならさもありなんんですね」
「おたく、なんで納得してんだよ」
すこしだけいらっときたらしい。
岩崎さんが声を荒げる。
「すいません。でも」
「でも、なんだい?」
「そういうイメージでしたから」
「ああ、そうかい。そうなんだな」
やっぱりすこしだけ拗ねてしまった岩崎さんを見て、年上なのになんだかかわいくていいなと思ってしまう。
「おい、なんだよ」
「失礼ながら、かわいいなと思いまして」
「なんだそれ?」
「ぶー」
今度は絵里ちゃんが拗ねている。
理由がわからない。
なので、少しだけ困惑だ。
「そこで悩む必要はないぞ、少年。黙って抱きしめればいい」
「あの、岩崎さん。意味がわかりませんが」
僕がそう言うと、なんだか呆れられた。
「はぁ」
しかも、大仰にため息までつかれる。
よく外国人がやるような両手を広げるポーズ付きだ。
「おたくも大変だね。まだ伝えてないの?」
「あ、えっと、その」
いつのまにか、岩崎さんと絵里ちゃんが何事か話をしている。
言葉は聞こえてくるが、意味まで察することはできない。
「そうか。そういうことか」
「あう」
「絵里ちゃん。そう照れるなって」
「でもっ」
「よし、それなら年上のお姉さんからではなく、ただのお化けからの忠告をしよう。いいかい。伝えたいことは伝えること。そしてそれは早ければ早い方がいい。これこそが世の中では一番大切なんだ。死んでしまってからではもう遅い」
「そうなんですか?」
「そうだよ。まあ、私はもう成仏している。だから、ただの傍観者だけどな」
どうやら何事かを茶化しているらしい。
けど、僕にはわからない。
絵里ちゃんの方を見ると、なぜか気合が入っている。
「岩崎さん、ありがとうございます」
「さあ、なんのことやら」
「私、がんばりますね」
そして、握りこぶしを込めて言う。




