3-3 話の結論
数学の授業中。
校庭に撒かれるスプリンクラーの軌道をこっそり眺めながら、僕はあることを考える。
それはハロウィンパーティーの時にした小平さんとの約束のこと。
勢いで承諾してしまったけど、どうすればいいのか。
まだ結論は出ていない。
なのでここ最近は、綾とずっとそのことを話し合っている。
もし仮に二人が会うことになれば、綾は小平さんの前で男装しなければならない。さらには、綾の精神の安寧のために僕も女装をしなくてはならない。
そうしたら、不都合が生じるのは目に見えている。
要するに、綾と小平さんが会うのは不可能事項。
つまり、現状としては八方ふさがりだ。
簡単に安請け合いしたことを後悔さえしている。
とりあえずこれからの対策について、また昼休みに綾と相談。
僕は綾にメールを打とうと携帯を広げたところで、受信の合図を目にする。
誰だろうと確認すると、絵里ちゃんだ。
綾のことは据え置きにして、メールを開く。
『先輩、今週のバレーボールの集まり来れますか?』
内容はジモティーズのこと。
今週の土曜日に集まりがある。
「いけるよ。なんでも岩崎さんが僕に渡したいものあるらしいんだ」
『そうなんですか? それはなんなんでしょうね。私、気になります』
「僕も気になるよ。というわけで行くから」
『やったぁ、です。それで先輩、今度こそ一緒にいきませんか?』
「いいよ。方向違うし」
『先輩、やっぱりつれないですね。私のこと嫌いなんですか?』
「そんなわけないよ」
『そうですよね。先輩は私のこと好きですから』
「あのさ、このやり取り前もしたよね」
『はい。たしかにしましたね。でも、何度してもいいものですよ。お約束っていいじゃないですか』
「そうかな」
『そうですよ。お約束がないと愛を語らうこともできませんので』
話題がにっちもさっちもいかなくなってきた。
なので、僕は適当なところで切り上げる。
そうして絵里ちゃんとのメールのやり取りを終え、その瞬間に授業終了のチャイムが鳴る。
教科書とかを片付けていたところで、僕の席の前に人が立つ。
「春」
「あ、小倉くん」
「今日もあれか?」
近寄ってきたのは小倉くんだ。
彼にしては珍しく、今日は購買を利用しないらしい。
「ごめん。そうなんだ」
「そっか。それにしても最近のオマエと遠藤は仲いいな」
「違うよ。そういうのじゃないんだ」
「そうか?」
「うん」
「まあ、なんでもいいけどさ。また飯を一緒に食おうぜ。な」
そう言って僕の肩をぽんと叩き、小倉くんは鈴木くん達のところに向かう。
僕はそれを見届けて、教室を出る。
今日は廊下に綾がいない。
綾より先に授業が終わったみたいだ。
なので、綾の教室まで行く。
二、三分待つと、綾が出てくる。
「春」
「綾」
「行こう」
「そうだね」
屋上まで繋がる階段を上っていき、ドアノブを回す。
揺れるトートバックの影をなんとなく見ながら、屋上に足を踏み入れる。
すると、一瞬にして広がる視界。
屋上の良さでもある解放感を存分に味わう。
「座ろ」
「うん」
綾と僕は青いベンチに腰を下ろす。
最近は毎日のようにここに座っている。
「春」
「ん?」
「真由のことなんだけど」
綾が早速本題に入ってきたので僕は驚く。
表情にも出ていたのかもしれない。
「そんなに驚かなくていいじゃない。ここ十日間くらい、ずっとその話をしてきたんだしさ」
「そうだけど」
「だったら、そんな顔しないの」
「うん」
少しだけ沈黙が降りる。
僕は綾が話しかけてくるのを待つ。
「それで、春」
「何?」
「私、がんばって春の手助けなしで真由に会う」
「え?」
それは僕の女装なしで、綾が男装するという意味だろうか。
「そう。それで真由に会って、キミとはもう会えないって断ることにする。辛いけどそうするしかないから。そうじゃないと真由をずっと騙し続けてるみたいだし」
「そっか」
今までの話の焦点はずっとそこだった。
どうやって綾が小平さんに会うか。または説得するか。
ついに、一定の結論が出たのである。




