3-2 前髪
直が作ってくれた朝食を三人で取り、学校へ行く時間となったので家を出る。
美咲さんはもうひと眠りするらしく、部屋に戻っていく。
直と僕はいつもの坂道を歩きながら、ぽつぽつと会話を交わす。
「朝、寒くなったね」
「ん」
吐く息は白い。
十一月ともなればすっかり寒くなる。
それを肌で感じる。
やがて学校に着き、教室のドアを開ける。
そして席に座り、隣の吉田さんに話しかける。
「吉田さん」
「は、はいっ」
びくんと背筋を伸ばす吉田さん。
今日もいつもと変わらない大和撫子。
と思ったけど、いつもとちょっぴり違う。
「もしかして前髪切った?」
「……っ!」
僕がそう言うと、吉田さんはなぜか赤くなって涙目になる。
「どうしたの?」
「切りすぎちゃって」
「そうかな。そんなことないと思うけど」
「ほんと?」
「うん。似合っているよ」
「……っ!」
さらに顔が赤くなる吉田さん。
ほんとにどうしたのだろうか。
しかも、なにかぶつぶつ言っている。
「もしかしてっ。これが前髪をつかむチャンス?」
「あの、吉田さん?」
「は、はい」
「なんか言った?」
「ううん。気にしないでね。坂本くん」
「そう」
「うん」
なんだか変な雰囲気になっていく。
最近の綾との間に起こるあの空気だ。
なので、僕は慌てて用件を言う。
「それでさ、本読んだから」
「あ、読んでくれたんだ」
空気が元に戻る。
一気に解決した。
「うん。少しずつ読んだから二週間かかったけどね。吉田さんはもっと読むの速かったりする?」
「そんなことないよ。私もそんなペース」
「そうなんだ」
「うん」
それから吉田さんと僕は、互いに共有できる話題となった本の内容を語り合う。
あの場面が良かったなどと言い合い、結構話が弾んだ。
「で、思ったより面白かった。ありがとう。教えてくれて」
「ううん。感謝されることはないよ。私、もしかして自分の趣味押しつけちゃったかな、って自己嫌悪に陥りかけたとこだし」
「いやいや。そこまで考えなくてもいいのに。それにどうやらそんなことなかったみたいだしさ」
「そうみたいだね。良かった」
吉田さんがはにかみながら言う。
「ていうかさ、なんだかファンタジーは食わず嫌いだったみたいだよ」
「そうなの?」
「うん。だから、良ければまた次のおススメを紹介してくれない?」
「え? いいの?」
「もちろん。読書が受験勉強のオアシスとなれればいいかな、と思ってね」
「そっか。それなら」
吉田さんはいくつか本の題名を挙げてくれる。
僕でも聞いたことがある有名な本だ。
「わかった。今度読んでみるよ」
「うん。それでね、坂本くん」
「何? 吉田さん」
「えっと」
吉田さんはもじもじしていて、なかなか話しを切りださない。
上目づかいにこっちを見て、何かを言いづらそうにしている。
さっきまでスムーズに話し合っていたのが嘘みたいだ。
「どうしたの?」
僕はとりあえず聞いてみる。
「あ、うん。また、今日みたいに本の内容を話し合ったりできるかなって思って」
「え?」
「あ。な、なんでもない。今言ったこと忘れて」
「どうして? 話し合ったりしようよ」
「え、いいの?」
吉田さんの表情が驚きに変わる。
「いいに決まっているじゃないか。僕はその方が楽しいと思うんだ。それに僕達は隣の席同士なんだし、話し合う機会はたくさんあるはず。そうでしょ?」
僕はまくし立てるように言う。
「うん。そうだね」
吉田さんは嬉しそうにうなずく。




