第九十八話*【キース視点】莉那のいない世界
目の前にいたリィナの姿が消えた。
それと同時にパーティメンバーからも消え、フレンドリストからも消えた。
その意味することは──。
「……………………」
自分の視界が真っ赤に染まったのが分かった。
手に持っていた弓を数歩前にいる女に向け、至近距離で一番威力のあるスキルを放った。
後方にいるフーマも弓を構えて同じようにスキルを放っていた。
「っ!」
オレとフーマの放った技はふたつとも思いっきりクリティカルだったようで、喰らった女はその一撃が致命傷で悲鳴をあげることなくその場に崩れ落ちた。
怒りのあまり強烈な一撃を打ってしまったようだ。
『キース!』
フーマは慌てて駆け寄ってきて、地面に崩れ落ちている運営を足蹴にした。
『リィナはっ?』
『そこの馬鹿にBANされた』
『……は?』
リィナだけではなく、他のかなりのプレイヤーがこの運営の理不尽な行為により、BANされてしまったようだ。
【フェラム! いるか?】
地域チャットで呼びかけたが、返事がない。
【名前を知らない、世界一軽い運営っ!】
先ほどまであんなに軽い態度でアナウンスしていたのに、こちらも返事がない。
『まさか運営もBANされたのか?』
フーマの言葉にオレはうなずくことしか出来なかった。
オレは死亡している、すべての元凶である運営を縄で縛り、肩に担いだ。放置して逃げられてはたまったものではないからな。
とはいえ、このままでもログアウトは可能ではあるので、油断はできない。
それにこいつは曲がりなりにも運営だ。オレたちの知らない非常事態のときのなにかがあるとみていいだろう。
運営を担いだまま会場を見て回ったが、幾人かのプレイヤーしか残っていなかった。
話を聞くと、遅れて参加したり、離れた場所にいてスキルに巻き込まれなかっただけのようだ。
「それで?」
「こいつの暴走のせいで、運営の総意ではない」
「ですよねぇ」
残ったプレイヤーは不安な表情をしていたが、オレの言葉に安堵した表情を浮かべていた。
「さて、どうしたものか」
「どうするもなにも、プレイヤーが勝った、んだよな?」
フーマの問いにうなずくも、なんとも釈然としない。
「見て回ったところ、運営はこいつを残してだれも会場にいなかった」
「……へっ?」
「同僚に相当な恨みがあったんだろうな、こいつ」
「…………」
そういえばリィナにも恨み言を言っていたな。
「美しいプログラム、か」
「なんの話だ?」
「こいつが言っていたことだ」
「最近は自動でプログラムが作られると聞いたことがあるけど?」
「とはいえ、細かい部分の調整はさすがに人間が見てするだろう?」
「それは相当に予算と時間に余裕があるプロジェクトだけだ」
「そうなのか?」
門外漢なので、まったくもって分からない。
ここにいるだれも分からないようで、首を振っていた。
「真偽のほどはともかく。どうしたものか」
そう思っていると、会場内に声が響いた。
『キースさん、すみません』
「この声は、フェラム、か?」
『はい。キースさんが担いでいるミルムにわたしたちもBANされました。アバターの復旧をしてみたのですが、すぐには無理でして。なので今は外から生身です!』
こいつはなにを考えてるんだろうな。
「それで?」
『キースさん、アバウトな質問の仕方をしますねぇ』
「悪かったな。それでは、聞き方を変える。まず、こいつはどうする?」
いつまでも担いでいるのも馬鹿らしくなって、目の前の空いている空間に放り投げた。呻き声はあがらない。
『ミルムについてはこちらで対処します。クビは確実でして、場合によっては訴える予定です』
「運営に多大なる被害を与えたと?」
『そうです。今回のこの件、すでにニュースサイトに取り上げられているのですよ』
「……は?」
『前代未聞の運営の暴走! 仲間まで巻き込んだ裏切りのBAN狂騒曲』
「……なんだそれは」
『ニュースサイトに上がっている記事のタイトルです』
記事があがるのが速すぎないか?
「まだこれ、進行中の出来事、だよな?」
『そうですね。ところでキースさん』
「なんだ?」
『普段、ニュースサイトをご覧になってますか?』
「見ているが?」
『ニュースサイトに限らず、人力な記事とAIが作った記事とあるのをご存じですか?』
「……あぁ、知っている」
AIがどこからか情報を得て作った記事は、そのままあげられるわけではない。どうしてかというと、とんでもないものを含んでいることがあるからだ。
聞いた話では、AIが作成した記事の六割強が、がせネタや表に出せないものだという。だから人間が確認して、問題がないことを確認したうえでサイトに掲載しなければならない。それは人間が作成した記事も同じと言えば同じだ。
「上がっている記事はAIが作成したと?」
『はい。AI作成記事には最後にAI作成という文言が入るのが決まりになってまして、それが入っていました』
「……ふむ」
記事が上がっているということは、人間がチェックをして問題ないと判断された、と。
AIが情報を得て記事が作られたのなら、この速さはあり得るということか。
「それで、記事の中身は?」
『一人の開発者が暴走して、運営とプレイヤーを無差別にBANをしているという内容です』
「……こいつ、開発者なのか?」
オレは足元に転がっている死体を足で蹴り飛ばした。足に死体の感触が伝わり、ゾッとしたので慌てて離れた。気持ちが悪い。
それにしても、こいつのせいでリィナが……。くそっ!
『そうです。リィナリティさんとも面識があります』
「こいつはリィナのことを貶める発言をしていたんだが、運営的にどうなんだ?」
『具体的に』
「思い出すだけで胸くそなんだが、惨めで醜悪だと」
『それはアウトです』
フェラムのキッパリとした返答に安堵したものの、そう言われた本人の心情を思うと、心が痛む。
『──このままサービスを継続させるわけにはいきませんから、臨時メンテナンスに入らせていただきます』
「分かった。が」
『こんなこともあろうかと、こっそりとキャラクターデータはGvGの前に取ってありますので復旧は問題ありません。そちらはすぐに出来るのですが』
「AIを戻す作業か?」
『はい。こちらは一度、鯖を再起動させなければなりませんから。今回のことも含めて、プレイヤー全員に補填をする予定です』
「オレたちに言ってもな」
『キースさん、あなたに伝えることが重要だと』
「ほう?」
『わたしはあなたのリアルの身分がなにかは分かりませんけど、AIが言うには、そうしなければ未来がない、と』
「そんな大層な身分ではないから心配するな」
とはいえ、AIはオレが知らないなにかを識っているのだろう。
「リィナのいない世界なんて、要らない──」
「お兄さま! 駄目です!」
『す、すぐに復旧しますからっ!』
フェラムの焦った声が聞こえてきたけど、莉那のいない世界など、オレには価値のないもの。
世界がグラグラと揺れ始めたような気がしたが、鯖を終了させるカウントダウンも始まり、オレたちはそのままフィニメモから追い出された。




