第九十五話*《十日目》運営は考えることを放棄した!
着替え終わったところで、またもや世界一軽いゲームマスターであるアーウィスくんからアナウンスが入った。
【世界一軽くて、運営一速いアーウィスから告げる! アンケートの回答はこれで締め切る。参加希望者は順次、会場へ転送している。会場で見学したいと答えた者が多かったため、申し訳ないのですが、抽選となります】
最初は強気だったのに、だんだんと丁寧になっているあたりが笑える。後ろから上司がどついているのかもしれない。
それにしても、見学者が多いってすごい。
『これだけ多いとなると、リィナのキノコを出すのはリスキーだな』
『え、そうすると私、戦力外ですかっ?』
『……お兄さま、災厄キノコの子どもたちですよね?』
『そうだ』
『災厄キノコはすでに拡散されてますから、出しても問題ないと思いますけど』
そんな相談をしていたら、先ほどキースがフェラムに言っていた集団が近づいてきた。
「よ、キース、久しぶりだな」
「……どうも」
大きな身体に厳つい防具を着けているせいでかなりの威圧感がある男性がキースに声を掛けてきた。頭の上のマーカーが黄色いところを見ると、βテストの上位者なのだろう。
「黄色い頭の兄ちゃんは?」
「フーマなら、リアル事情でしばらくインできない」
「なるほど。……にしては、βテストの時と顔ぶれがまったく違うようだが? おまえ以外全員、インしてないのか?」
「いや、フーマ以外全員している」
「なら、なんで?」
「この黒髪がオレのリアル妹、こっちの紅髪がオレの嫁」
「キースさんっ!」
「違いないだろうが」
『お姉さま、ここはお兄さまの指示に従っておいてくださいな』
『……あいにゃ』
せめてもの抵抗としてにゃで返事をしておいた。
予想どおり、キースはぐぐぐと呻いていた。
「なるほどな。嫁連れとか、また悲鳴が響き渡るな」
「ちなみに嫁はフーマの姉だ」
「ほぅ?」
そ、そんな厳つい顔で睨みつけるように見ないでください!
「似ているといえば似ている、か?」
似ていないと百%の確率で言われるので、かなり珍しい反応だ。
あれ? も、もしかしてエルフな部分を見てそう言ってる? ま、いっか!
「で、今回のこの運営からの挑戦状の発端はおまえらしいじゃないか」
「そうだ」
「あんなに目立つのを嫌がっていたのに、どういう心境の変化だ? やはり嫁絡みなのか?」
「そうだ」
「噂は本当だったんだな」
噂ってなんですか?
「どうせまた、ろくでもない噂なんだろう?」
「それがそうでもないぞ。世界樹の村で特定の女性を連れ立って歩いている目撃情報とともに、嫁ではないかと」
「間違ってない」
「なるほど、βテストであれだけたくさんの女性に声を掛けられながらすべて拒否していたのは、嫁がいたからか。それならそうだと言っておけば、騒動にならなかっただろう」
「事情があって、公表できなかった」
「なるほど」
事情なんてありません! と言いたかったけど、ややこしくなるので黙っておこう。
「それで、キース」
「なんだ」
「今回のこれ、おまえを大将にしようかと思うんだが、どうだ?」
「大将ならリィナが」
「駄目だと思います!」
「その心はっ?」
「キースさん、今の私の状況、把握してますよね?」
「している」
「それなら、キースさんが大将で、指揮もついでにするのが最適だと思うのですが?」
「おまっ! 大将はともかくとしてだな、指揮はっ」
「お、キースの嫁、分かってるじゃないか! キースに指揮をさせると、必ず勝つってことを」
「必ず勝つかどうかは知りませんけど、キースさんの指揮、的確だし、戦いやすいと思うのですよ」
「だよな! まぁ、黄色い頭の兄ちゃんもなかなかだがな」
「フーマも頑張ってると思います」
「嫁の推薦もあることだし、大将と指揮、任せたぞ」
「リィナ……」
「にゃあ」
「……許す」
ちょっとキースさん、チョロすぎないっ?
「分かった、やろう」
「ほう、珍しい! というかだ、嫁の言うことは聞くんだな」
「にゃあ」
なんて残念なんだ、キース!
「俺たちが運営を阻止するから、任せておけ」
「頼りにしてる」
厳つい集団はそのまま去っていった。
あ、そういえばあの人たちの名前、聞いてない。
それよりも、だ。
初対面の人の前でにゃあをやってしまった! クールビューティー計画がぁ。
『リィナ、覚悟はいいか?』
『なんのお話でしょうか』
『オレを働かせるとは、いい度胸、しているな?』
『あ、座敷わらしは働かないんでしたっけ? でも、ブラウニーは働きますよね?』
『リィナの命令とあれば喜んでやりたい、と言いたいところなんだが、ボスの指揮ならどうすればいいのか分かるんだが、PvPはしたことがないからどう指揮すればいいのか分からないぞ』
『やはり違うものなのですか?』
『どうみたって違うだろう。ボスはボスと取り巻きに注意を払えば適当に指揮をしても問題ないが、今回はPvPというよりはGvGだからな』
GvGとは、グループ対グループという意味だ。
広義の意味で言えばPvPのひとつと言えるけど、PvPというと一対一のイメージが強いし、個人戦なのか団体戦なのか分かりにくいため、分けて使われる。
『当たり前のようにパーティを組んでますけど、個人戦ではないと?』
『デスゲームのように個別で戦えと?』
むう? 言われてみれば、なにもソロで特攻する必要はない? 特にパーティを組んではいけないとは言われてない?
『あれ、ルールは?』
『……そういえばまだだったような気がする』
このぉ、うっかりさんっ☆
『たぶんだが、あの運営のことだ、そこまで考えてないぞ』
『Deathよねぇ』
『リィナ、最近、うっかり殺しすぎじゃないか?』
『あれ? そういえば』
いやぁ、いかんですな。
『フェラムに言えばいいか?』
『ゲームマスターのまとめ役と言っていたから、彼女に言えばいいかと』
私の言葉を受けて、キースはどうやらフェラムに連絡をしているようだ。
たいていのMMORPGに実装されている機能として、ウィスパーというものがある。タイトルによってはささやきなどと言われているが、要するに特定の人とだけ会話をすることができる機能だ。通話機能と思って問題がないだろう。
相手がログインしていないと使えないのだけど、どれだけ距離があっても、相手の正式名さえ分かっていれば使えるので、なかなか便利だ。
『……予想どおり、なにも考えていなかった』
『さ、さすがとしか』
『こちらでルールを決めていいとか投げて来やがったんだが』
『それなら、お兄さま。時間内にどれだけ相手を倒したかにすればよろしいのではありません? 時間内ならいくらでも復活し放題!』
『それも考えたんだが、どちらかといえばそのルールは運営が有利になるんだよな』
『どうしてですの?』
『圧倒的にこちらの人数が多い。となると、必然的に向こうがキル数を稼ぎやすい』
『確かに』
『ということで、オレが考えたルールなんだが、全め……』
『はいにゃ!』
『なんだ、リィナ?』
つい勢いで手を挙げてしまったけど、キース、なんかものすごく黒いことを口にしようとしてなかった?
ま、まぁ、いいや。
『時間内に大将を倒した時点で終わりってのはどうですか?』
『ううむ、それも考えたんだが、どうしても運営有利になる』
『なんでですか?』
『運営はオレたちと違って好きな場所に移動できるというチートを搭載してるんだぞ』
『封印させる、とか? 使った時点でプレイヤーの勝ちってのは?』
うんうんと唸ってルールを決めようとするのだけど、どっちに転んでも運営に有利って図になる。
『よし、今から闇討ち』
『リィナ、考えるのが面倒になったな?』
『な、なぜにバレたっ?』
『それはオレも同じだからだっ!』
いかん、似た者同士で考えていたら、似たような案しか思いつかないし、面倒に思うタイミングも似てきてしまう。
『参加者の比率で運営を倒したときのポイントを考えましょう』
『参加者の人数はあまり関係ないような気がしないでもないが、要するに「数の暴力作戦」か』
『オブラートに包んだ言い方をしないのですね』
『どう見繕ってもプレイヤー数が断然多いのは間違いないだろう』
『ですねぇ』
プレイヤーが運営を全滅させたら終わりでよくね? と黒いことがよぎったのだけど。
『……やはり闇討ちか』
『お兄さま、お姉さま、ふたりしてどうしてそんなにも卑怯なことを』
『運営を力で屈服させればいいだけだよな?』
『それなら、やはり運営を全滅させましょう』
『よし、その方向性で』
キースはフェラムに連絡をして、了解を得られたようだ。
『……向こうも同じ結論にたどり着いたと言っていたんだが、あの運営と同レベルなのかと思うと、激しく悔しい』
『気持ちは分かりますけど、この状況ではそれ以外の案は思いつけないかと』




