第九十二話*《十日目》痛覚設定が二百%(白目)
いつまでも洗浄屋にいるのもとなったのだけど、他に行く場所を知らないため、申し訳ないと思いながら端に移動して使わせてもらうことにした。
これが通常であれば、狩りに行くというのも候補であったのだけど、レベルはバラバラだし、なによりも私がまったく戦力にならないのと、運営からいつ呼びかけがあるのか分からなかったので、待機となった。
「しかし」
「?」
「リィナ、その防具、初期のままじゃないか?」
キースに指摘されて、自分の身体を見下ろした。
キースの指摘どおり、初期装備のままだ。だけど着心地はそれほど悪くないし、動くとローブの裾がひらひらして意外にかわいいのだ。自分では絶対に選ばないデザインである。
……とはいえ。シンプルといえば聞こえはいいけど、紙防御なため、早いところ買い替えた方がよさそうだ。
「マリー、リィナに似合う防具を」
「えぇ、もちろんですわ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「なんだ?」
「あのっ! ぐ、具体的においくらまんえんするのでしょうか」
あ、円じゃなかった! アウレウムだった。
いや、そんな細かいことは今はどうでもよくて!
「材料を提供していただくか、材料費をいただければお姉さまですから、いくらでも作りますわ」
「いえ、そういうわけにはいかないわ! デザイン料と制作費はきちんと払わないと!」
「ふふっ、お姉さまはとても現実的ですのね」
とはいえ、材料も材料費もそんなにないのは事実。
インベントリをこっそり確認してみると。
「……あのぉ」
「なんだ」
「そ、そのぉ。災厄キノコの子どもたちなんだけど」
「そういえばいたな。『きの』と『のこ』しか発声出来ないみたいだったが」
キースが災厄キノコの子どもたちの真似をしていたけど、お願いだからその見た目でそういうことをしないでほしいのです!
「フーマ、ここは是非とも使って!」
「おまえな」
キースってかなり天然だと思うのですよ!
なんというか、ギャップ萌え!
「──それで、キノコがどうした?」
「今の今まで存在をすっかり忘れていたのですが、インベントリにいるのですよ!」
「まぁ、キノコ、だからなぁ」
「いやいや、でもあの子たち、モンスターですよね?」
「リィナ、もう忘れているのか?」
「なにをですか?」
「フィニメモの野菜は動くということを」
そ、そういえばそうだった!
「ということは、この子たちはキノコだから」
「食い物判定でもされてるんじゃないか?」
「なるほどぉ?」
食べ物として判定されているのならインベントリの中でうにうにと動いていても問題ないということなのか。
……な、なんか大変に複雑な心境ですが。
やっぱり愛着心というか、ペットみたいな感覚なので、食べ物と言われても、ちょっと食べたくないかなぁ。
「ということは? 私は戦えないけど、この子たちに戦ってもらえばいくね?」
「まぁ、戦力になりそうではあるな」
「あと、インベントリを見ていて気がついたのですが」
「あぁ」
「昔のアイロンが見当たらないのですよ!」
「あれは洗濯屋という職と繋がっていたのではないか?」
「そういうこと?」
となると、武器はキースからもらった短剣のみ?
……いや、よくよく見てみると、なんか見慣れないものがたくさん入っているのだけど?
「あの、つかぬことをうかがいますが」
「なんだ」
「知らない間にインベントリにアイテムが増えていることってあるのですか?」
「あぁ、それな。アネモネ討伐の戦利品だ」
「ふぁっ?」
「そういえば、おびき寄せシールのことを話してなかったな」
そんなものがあったと思い出した。
キースは、私がアネモネに攫われた後にあのシールを貼った犯人自らが現れたこと、一連のことの運営とのやり取り、それから私を追ってあの青い洞窟に行ったことを話してくれた。
それにしても、キースの声は感情が乗っていると改めて聞くととても良い声だ。
……こ、この声で耳元で囁かれるとですね。……ごほん。
「リィナ、聞いているか?」
「あ、聞き惚れ、て……。いえ、なんでも」
「ふぅん?」
いや、だからですね!
素早く近寄ってきて、顔を耳元にぃ!
「オレの大好きなリィナ?」
「にゃあ」
お、お願いですから耳元で囁かないで!
腰から力が抜けるっ!
とそこですかさず腰を抱えるの、止めてください!
「そうですわ!」
マリーはマリーでマイペースだし。いえ、いいんですけど!
「わたくし、少しギルドで作業場を借りてきますわ!」
「我らもお嬢とともに」
そう言うと、三人は洗浄屋から出て行った。
「さて、ふたりきりだな?」
「そ、そいえばキースさんっ」
「なんだ、オレの大好きなリィナ?」
「あのですねっ! ……それよりっ! さっき、運営からなにか受け取ってませんでしたか?」
「あぁ。リィナを愛でていたら、すっかり忘れていた」
「愛でる……」
ねぇ、キースさん。私は愛でられるのですか?
愛でる、というより遊ばれていたような気がしないでもない。
いや、今はソレよりも、だ。
「運営から、念書が送られてきた」
「念書」
「運営が負けたら、AIを復活させるという約束な」
契約書とはいったけど、この場合は念書が適切なのだろう、たぶん。
「……それにしても、これだけの短い文章でもツッコミどころが満載なのはさすがは運営なのか?」
「見せてもらっても?」
「あぁ、いいぞ」
キースから念書を受け取り、見る。
なにこれ。ツッコんだら負け過ぎる……!
『念書
フィニス・メモリアの運営チームはいつでもプレイヤーからの要望にできるかぎりの最大限の誠意をもって対応いたします。
この度はプレイヤー・キースからの要望である『メンテナンス前のシステムへのバージョンダウンとAIの復活』をかけ、運営チームとプレイヤーとのPvPで勝敗を決めることとする。
プレイヤー側が勝利した場合は、運営チームは要望をすべて受け入れ、可及的速やかに復旧を試みます』
うん。
どこからどうツッコめば?
「これ」
「あぁ。運営チームが勝った場合が書かれてないのが気になるよな」
「それもですけど、なんでPvPなんですか」
「運営はテストを兼ねているのだろう」
「わ、私はやですよ! 痛覚設定がおかしなままだし!」
「それだが、メンテで直っているはずだ」
キースに言われて、設定を見ると、たしかにあった。
が。
「キースさん」
「どうした?」
「つ……痛覚設定、二百%になってるんですけど」
「スクショ」
「はいにゃ!」
「……ログアウト」
「ぇ?」
「今日は土曜日。いくらでも莉那といちゃつける」
「キース、アウト!」
「なんでだ!」
「私は遊びたいのです!」
「リアルでオレと遊べば」
「キースさんとだと、大人の遊びになってしまうので、却下っ!」
そう言っている間にスクリーンショットを撮り、キースに見せた。
「……大人の、遊び」
「もう! そこだけ切り取らないっ! ほら! こんな感じなのですよ!」
キースに見せると、ぐぬぬと唸った。
「リィナ、そんなに痛いプレイを希望しているのか?」
「んなわけあるかぁ!」
なんで百ではなくて二百なのよ!
そりゃあ痛すぎて死にそうになるわ!
「冗談はともかく」
「キースさん、最近は冗談を言うのが流行ってるのですか?」
「ほれ、ツッコミしてたらいつまでも終わらないだろうが」
「ぅぅ、そうですけど! キースさんがツッコミ待機しているのを見たら、ツッコまざるをえなくて!」
なんか変な日本語になってるけど!
「そのスクリーンショット、オレにくれないか?」
「こんなのどうするんですか?」
「運営に送って抗議する」
「それ、本人からでないと受付ないのでは?」
「……そうなのか」
シールの時はキースも当事者だったけど、今回のコレは私だけの話だ。
それにしても、二百%……。どんなマゾプレイなんだ。
それはともかく、と。
このままだとまた痛いから、痛覚設定を低く……って。
「うーんーえーいーめ~ぇ」
「どうした?」
「百%から下にならないのですよ!」
「運営はリィナにマゾプレイを強要している、と」
「……なんででしょうか、キースさんが言うと卑猥なのは」
「失礼だな」
失礼というけど、実際にそうだし……。
「ゲームマスターと話す、と」
「はい、お呼びですか?」
「……相変わらず秒ですね」
「速さがモットー!」
前にドゥオにスリーアウトを食らって退場したアーウィスくんがまたもややってきた。




