第九十一話*《十日目》NPCになったNPC
キースを盾にして、洗浄屋へ。
中は前に見たときから変わってないように見える。
カウンターがあり、そこには無表情のウーヌスが立っていた。なんだかとても久しぶりに顔を見たような気がする。
「ウーヌス……」
「いらっしゃいませ」
「ちょっ?」
え、まさか?
「あの、ウーヌス?」
「いらっしゃいませ。ご用件はなんでしょうか。汚れた衣服の洗濯をご希望ですか? それとも、洗浄をご希望ですか?」
分かっていたけど!
「NPCになってるぅぅぅ!」
「もとからNPCだろうが」
「そうだけど! 違うのよ!」
ちなみにドゥオは洗浄屋に入ると、そのままどこかへと消えていった。たぶんバックヤードに戻ったのだろう。
「裏に行って……。な、なんだって! 入れない……だとっ?」
え、なんで?
だってここ、私が所有者だよね?
不安になって確認してみる。
システムメニューには拠点管理があった。
さらにそこから……。
「ないっ!」
「いやそれ、普通な状態だからな」
「な、ど? いや、それよりっ!」
もしかしなくても、私の洗濯屋という職もなくなっている可能性がある?
ステータスを見た。
な、なにこれ?
「……あの、キースさん」
「なんだ」
「私、無職です」
「無職……? どんな状態なんだ、スクリーンショットを」
ステータス画面とスキル画面をそれぞれスクリーンショットを撮ってキースに見せた。
ステータスの、職が表示されていたところは空白になっているし、その下のやらかしの女神も消えている。やらかしの女神は消えてくれていいんだけど、職がなにも表示されてないって。
スキル画面はこちらも職スキルだけ表示がない状態だ。
「無職というか、これはあれだな。AIを切るときにシステムの一部も切ってるな。意図的なのかどうかはともかくとして、そのせいでこの建物の所有者情報も削除されたのか」
「……な、なるほど」
「それよりも、リィナ」
「はい」
「自分のレベル、見たか?」
「……レベル?」
「最後に認識しているレベルはいくつだった?」
レベル、レベル……と。
「十四だったはず」
「……なるほど。ステータス、見てみろ」
キースに促されて見ると。
「にゃっ?」
な、なんで二十っ?
「おかしくないっ?」
「おかしいが、これはあれか。ひとりでアネモネ食ったからか」
「私、そんな大食いではないですぅ!」
なんか久しぶりに解説が入るような気がするけど、モンスターを倒して経験値を稼ぐことを、たまに『食べる』だとか『雑食』だとか表現することがある。雑食はモンスターの種別を問わず、なんでも倒す場合を指す。
今回のようにむちゃくちゃ経験値を稼いだ場合、大食いと言われることがある。
「まぁ、通常ではボスに、しかも格上にひとりで挑むなんてことはしないからな。それだけ稼いだってことか」
そうかもだけど!
「なるほどな。AIとシステムのコンボでリィナにやらかしをさせているのか」
「え、それが今ないとなると、私、むちゃくちゃ弱いってことですかっ?」
「そうなるなぁ」
な、なんでキースはそこでニヤニヤしてるのですか?
「村から出られないな?」
「出られますよ!」
「でも、職なし、スキルなし、なんだよな?」
「ぅ」
「どうやって戦う?」
「……………………。う、運営の、馬鹿やろぉぉぉ! 私の、職とスキル、そして! 洗浄屋の人たちを! 返してっ!」
キースは暴れている私を放置して、なにやらどこかとやり取りをしている。
なにしてるの?
「リィナ、朗報だ。運営と戦ってプレイヤーが勝てばAIを復活させてくれるらしいぞ」
「……うそ偽りないと?」
「契約書を書かせるか?」
「当たり前です! というか、ぎったんぎったんにしてやるっ!」
「息巻いてるところ申し訳ないんだが」
「なんですか!」
「どうやって戦う気だ?」
「………………………………」
えと?
「と、とりあえず、短剣?」
「ノーコンなのに?」
「キースさんっ! あなたはどっちの味方なんですかっ!」
「リィナに決まってるだろうが」
「それなら!」
「だからこそ、現実を知ってもらわなければ始まらないだろう」
うぅ、キースが私に辛い!
言ってることはまっとうだし、そうでなくては困るんだけど!
「優しさが、迷子! キースさんから優しさを一ミリも感じ取れないっ!」
「真実を告げるのも、優しさだ」
うぅぅ。
正論過ぎて反論できない!
「さて、と。ワールド内に運営からアナウンスしてくれるみたいだな。会場は特設ステージって、そんなの作る時間があったのなら……。相変わらず、無駄なところに労力をかける運営だな」
今、ログインしているプレイヤーのもとへ参加の有無のアンケートが配信され、参加表明をした人を順次、会場へと移動させてくれるらしい。
あとは見学も現地でもできるし、ゲーム内配信で見ることもできるという。
「運営はナチュラルハイなのですかね」
「あぁ、そういうことか。プログラムの修正で長時間労働の連続で壊れたのか」
それなら無理してNPCからAIを切り離すなんてことをしなければいいのに。
「契約書が出来た? 見せてくれるか?」
すると、すぐにキースの手に白い紙切れが現れた。
「…………。リィナ、なにか書くものを持っているか?」
「お兄さま、書くものならここにございましてよ」
洗浄屋のドアをバンッと開けて入ってきたのは、マリーと伊勢、甲斐の三人組。
「マリーたちか」
「洗浄屋でログアウトしてましたのに、ログインしたら世界樹の村の外に寝てましたの!」
ありゃりゃ、それは大変だ。
「あれ? セーフゾーン以外でも、ログイン、ログアウトってできるの?」
「戦闘状態だとできないが、そうでなければ出来ないこともない」
「そうなんだ」
「ただ、非推奨なので、公式的には『できない』と言っているだけだ」
「非推奨な理由は?」
「ログアウトするときにモンスターがいなくても、ログインしたらポップしている場合があるし、さらにはそいつがアクティブモンスターだったら?」
「……な、なるほど」
ログインしたと同時に襲われて、死亡。ということもありえるのか。
「お外で寝るなんて、初めてでとても楽しかったですわ」
「伊勢、甲斐」
「誠にかたじけないでござる」
「お嬢の教育を再度……」
「ま、まぁ、いいんじゃない? 別に三人が意図して外でログアウトしたわけではなくて、運営のせいだし!」
キースはマリーに厳しすぎると思うのですよ。
まぁ、心配になる気持ちは分からんでもないけど、ね。
「……そうだな。これから運営を是正する機会を与えられるわけだし」
「なんの話ですの?」
キースはマリーに運営から聞かされた話をした。
「そんな……! ここの人たちとはとても仲良くなって、貴重な布をいただいたのに!」
マリーはどうやら私が家出をしていた間、洗浄屋の人たちと仲良くなっていたようだ。
「そういえば、お兄さまとお姉さま」
「はいにゃ」
「にゃ」
「……なんでキースさんまで『にゃ』で返事をしてるにゃあ」
「かわいいかと思ってだな」
「まだかわいいにこだわってるのですか……」
呆れてため息を吐くと、マリーがクスクスと笑った。
「ほんと、おふたりはいいコンビですね」
「そうだよな」
「はぁ」
まったく、もう。
「そういえばお兄さま。お姉さまのファッションショーのお写真、ありがとうございます。とても参考になりますわ」
「当たり前だ。オレが撮ったのだからな」
ファッションショー? 写真?
ま、まさか!
「あの、着替えを何度もさせられた、アレっ?」
「そうだが。マリーに送らないと始まらないだろうが」
「そうだけど!」
私でさえまだ見てないのに!
「見てない」
「送り先を後でいいから教えろ。知らないから送れないだろうが」
「……そうでした!」
マリーは私たちを見て、それから私に視線を定めた。
「お姉さま」
「あいにゃ」
「……お姉さまのそれ、かわいすぎて……。えぇいっ!」
マリーは掛け声と同時に私に抱きついてきた。
「にゃっ?」
「あぁ、おねーさま、かわいすぎですのよ。わたくしをここまで虜にするなんて。さてはおねーさま、ただ者ではありませんわねっ?」
「いえ、地味顔代表です」
「そんなこと、ありませんわ! 伊勢!」
「御意」
伊勢はインベントリから椅子となにやら道具を取り出すと、マリーが私の肩を押して座らされた。
「伊勢、お姉さまのメイクをお願い」
「かしこまりました」
ケープをかけられて、あれよあれよと顔になにやら施された。
「できたでござる」
そういって、鏡を渡されたのだけど……。
「だ、だれっ?」
鏡の向こうには知らない人……というより、母に似ただれかが。
「分かっていたが、化粧でこんなにも変わるんだな。しかし、これは却下!」
「どうしてですの!」
「リィナがかわいくなりすぎたらライバルが増えるだろうが!」
「お兄さまはどこまで残念なのですか! 大丈夫ですよ、お姉さまはお兄さまが大好きですから!」
「そうかもだが、やはりいつもので!」
結局、もとに戻されたのだった。
私もいつもの化粧がいい。落ち着く。
いや、それより。
マリーちゃん、なんか聞き捨てならんことを言ってなかったっ?
いやまぁ、うん。
好き、ですけどね?




