第八十八話*私の彼氏
麻人さんに行きたいとリクエストした場所は、公園。
公園ならどこでもよかったんだけど、本家の近くにあるということで、そこに連れて行ってもらった。
……うん、公園って言った。
間違いなく公園なんだけど、なんでプライベートな公園なのですかっ!
「幼いころ、ここによく連れて行ってもらっていた」
「そ、そうなんですね」
「小学生になるまでは本家にいたんだ」
「はい」
「陽茉莉とは六歳離れていると話したが」
「はい」
「先ほど会った上総とは二つしか違わない」
麻人さんはなにか重大なことを話そうとしているらしく、かなり顔が強ばっていた。
「車の免許証を取得するとき」
「え? 麻人さん、車の運転、出来るんですか?」
「出来るぞ。だから、運転をさせてもらえない、と言っただろうが」
「な、なるほど!」
そういう意味だったのかと納得。
「免許証を交付してもらうとき、本籍が載っている住民票が必要なんだが、好奇心で二通、請求したんだ」
「……二通?」
「一通は自分のみ、こちらは提出用だ。そしてもう一通は家族全員分。ちなみにこれを取り寄せた時、母はすでに亡くなっていた」
それを見て、違和感があったらしいのだけど、詳しい内容は話してくれなかった。
「気のせいであればと思ったんだが、先ほど、上総と話して、はっきり分かった」
麻人さんはなにかを吹っ切るように頭を大きく振ると、私を見た。
「で、莉那。どうして公園なんだ?」
「思いっきり不自然に話を逸らしましたね?」
「知らない幸せだ」
「……そういうことにしておきます」
知らない幸せについて、つい最近、同じように思う場面があったのでもやもやするけど、知らないことが幸せならば、知らないでおこう。
「どうして公園かと言われましても、麻人さんと気兼ねなく遊べるのはここくらいしか思いつかなかったんです」
「屋内の遊びではなくて、あえて屋外にした理由は?」
「あの、話を聞いても笑いません?」
「内容によるが」
「……あの、ですね。か、彼氏ができたら……こ、公園のブランコに並んで乗りたかったんです!」
さあ、笑うがいい!
我ながら馬鹿だと思うけど、なんでか昔からそうしたかったのだ。
「……莉那はオレのこと、彼氏認定してくれてるんだ?」
「……にゃ?」
あれ、違う、……の?
「出過ぎた真似、するなや?」
「なんでそうなる」
「そうだった。私、座敷わらしへの供物、なんですよね?」
「……まだそっちなのかよっ!」
「あれ? 座敷わらしって託宣なんてしますっけ?」
「しないな。そもそも託宣というのは、神が人に乗り移ったり夢に現れてお告げをすることを言うからな。先ほどの上総は一瞬だけ神に乗り移られていた」
「そ、そうですか」
それで私たちと入れ替わりでたくさんの人たちが来ていたのか。
「先ほどは莉那とオレをキーにして未来を視ていたようなんだよな」
「へー」
「あそこで見たり聞いたりしたことは、他言無用だからな」
「はい」
麻人さんは私の隣に立つと、ジッと顔を覗き込んできた。
「それにしても」
「?」
「莉那はオレを彼氏に昇級してくれたんだな」
「そ、そうなります、か?」
「……持ち帰りたい」
「ぇ」
「その前に、まずは莉那の夢を叶えるか」
夢というか、なんだろう。
……夢、に違いないのか。
麻人さんは迷うことなくブランコに座ったのだけど、横は細いのに縦に身体が大きいから、かろうじて座れている感じで笑える。
「ちょ、ちょっと待って。写真を撮りたいです!」
スマホを取り出して、憮然といった表情の麻人さんを撮った。なんだかおかしい。
「莉那、いいから隣に座れ」
「はいな!」
麻人さんといると、油断するとフィニメモ内にいるかのような錯覚に陥って、軽い返事になってしまう。
言われるままに隣に座ると、なぜか麻人さんは立ち上がった。
「麻人さん?」
麻人さんは無言で私の顔をジッと見ている。だから麻人さんを目線で追うと、右頬に手のひらを添えられた。
「莉那、目を閉じて」
「ぇ……」
こ、これ、どう見ても、キ、キスする態勢っ!
「あさ……っ!」
目を閉じることも出来ず、麻人さんの端麗な顔が目の前に迫り、唇をふさがれた。
私はパニックに陥り、あわあわと麻人さんを見つめる。
麻人さんの唇は思っていたより柔らかく、そして熱い。
麻人さんは唇を離すと、私の脇に手を入れ、立たされた。
「莉那、オレと結婚してほしい」
真っ直ぐな視線に、ただひたすらたじろぐ。
麻人さんがどうして私に執着するのか、分からない。
その後、抗えないまま、麻人さんの家にお持ち帰りされて食べられたわけですが、それはまた、別の話。
◇
というわけで!
強制的に麻人さんのお家が私の拠点になってしまったわけですけどね?
私の荷物は改めて運んでもらうのですが、なんでまた、麻人さんの部屋の隣に私の部屋があらかじめ用意されているのですか!
「麻人さん」
「なんだ、オレの大好きな莉那?」
「……それ、止めません?」
「それってどれだ?」
「オレの大好きな、ですよ!」
「事実だから止めない」
「…………。わ、分かりました」
なんというか、抗ったところで麻人さんには敵わないので、諦める。
今だって、フィニメモ内よりも濃厚な接触をされたままなのですが、くっ、服の中に手を入れるのは……あ、アウト!
「にゃあ」
「まだ足りない」
「足りないことないにゃあ!」
「莉那が素直ではないのは知ってる」
「ぅにゃぁ!」
いや、だからですね! これ以上は私の精神が壊れる!
普段の言動からは想像が出来ないほど、麻人さんが甘くて、私の口の中は常にジャリジャリと砂糖が!
「りーなー?」
「うにゃぁぁあ!」
……お、お願いですから、も、もうこれ以上……は。
「オレのこと、彼氏からだんなに昇級してくれたら、考える」
それ、間違いなく悪化するヤツ!
麻人さんが私に触れなかったのは、麻人さんもこうなることが分かっていたからでしょう?
いくら今日を休みにして、……ちょ、ちょっと待って?
明日は土曜日。
ということは。
え、まさか土曜日と日曜日とこの状況が続くと?
「麻人しゃん」
ぅ、すでに呂律が回ってない!
「あの、きゅ、休憩が必要だと」
「休憩ならしてるが?」
いや、たぶんそれ、違う休憩!
というかだ、麻人さん、知ってるんだ。
結局、この状態は陽茉莉が来るまで続いた……。
最近では、夕飯は陽茉莉が麻人さんの家に来て一緒に食べているということで、どうにか離してもらえた。
こ、これで膝の上に乗せられて食べさせられるなんてことになったら、死んでしまう。
「ごきげんよう、お兄さま、お姉さま」
「こんにちは、陽茉莉ちゃん」
「あら、お姉さま。首のところが赤くなってますけど?」
「にゃっ?」
陽茉莉に指摘され、慌ててそこを手のひらで隠して麻人さんを見ると、してやったりという顔をされた。くっそぉ。
「な、なんかかなり大きな虫に刺されたのよね」
「……オレは虫なのか」
「あら? なんだか来てはいけなかったかしら?」
「陽茉莉ちゃん、帰ったら駄目っ! 麻人さんに抱き殺されるっ!」
陽茉莉に抱きつくと、よしよしと頭を撫でてくれた。
「藍野家の人間は、大切に思った人に対しての加減が分かりませんのよ」
「ぇ? そ、それって陽茉莉ちゃんも?」
「わたくしもそうかもしれませんわ」
にこにこと陽茉莉は私を見ているけど、いや、さ、さすがに麻人さんみたいには……。
「きっとわたくし、楓真さまを離さないと思うのです」
ふ、楓真は出来る男だから、きっと陽茉莉のリクエストには全力で答えるだろう。
「とはいえ、お兄さま。もう少し加減しなくては、お姉さまが壊れてしまいますわよ?」
「……分かってるんだが、あまりにも嬉しくて、コントロールが効かない」
「こんなとき、フィニメモが出来れば少しは……」
「まだメンテは終わらないのか」
「運営に直接問い合わせた人がいるようでして、その人いわく、NPC鯖に重大なミスを発見して、それを今、修正しているのだとか」
「それって」
「間違いなく、AIがらみだな」
麻人さんを見上げると、当たり前のようにおでこにキスをしてから、口を開いた。
「すべての原因がAIだと気がついて、分離しようとしているのだろう」
「そんな」
AIが分離されたら。
「阻止すること」
「は無理だろうな」
せっかくみんなと仲よくなったのに。
悲しくて、涙が一粒、こぼれた。




