第八十六話*フィニメモのメンテナンスは無期限?
夕飯はカオスで食べた気にならなかったのだけど、麻人さんと陽茉莉ちゃんはよく食べていた。二人は食べ終わると「フィニメモで会いましょう」と言って帰っていった。
なので私もフィニメモにログインしようとしたのですけどね?
むむむ?
メンテナンスが延長? 終了日時未定? どういうこと?
公式サイトを見に行くと、説明が書かれているのだけど、どう見ても支離滅裂で、運営が混乱しているようだった。
なにこれ?
そう思っていたら、麻人さんから電話が。
「あいにゃ!」
『くぅ。やはり持ち帰り』
「ダメですにゃ」
うむ、猫は麻人さんを煽るスタイルで行くようだ。私にはなにひとつメリットはないのに。
「それで、まだ家に着いてないと思われますが、忘れ物でもしましたか?」
『莉那を連れて帰るのを忘れた』
「忘れる程度なのなら、それはまだ駄目にゃあ」
『あえて忘れた振りをしたのに!』
「分かりましたから、本題」
『フィニメモがずっとメンテナンス中みたいだな』
「あぁ、そうみたいですね」
『……この隙にオレの家にVRを持ち込んで設置……』
「拒否します!」
『なんでだ?』
「母のご飯が食べられなくなるのはやです!」
それだけではないけど、なんというかですね。
……覚悟? が出来てないわけですよ。
『それなら、二人も一緒にくればいい。そうすれば父も喜ぶ』
あれ? なんか墓穴?
『楓真は帰国したら、陽茉莉のところだしな』
「えっ? そこ、もう決まってるのっ?」
あまりの驚きに、猫さんが行方不明。いや、これが普通なのか。
『当たり前だろう。陽茉莉を狙っているヤツは多いからな。楓真も護衛対象になる』
ぉ、ぉぅ。
それもあって、急な帰国になったのか、納得?
『莉那』
「はい」
『本気の本気で聞く。両親も一緒にこっちに来ないか?』
な、なんだろう。
陸松家、藍野家に取り込まれる、の図?
「あの、素朴な疑問なのですが」
『なんだ?』
「麻人さんと陽茉莉ちゃんのお母さまのご家族も同じように、その」
なんと言いますか。
『あぁ。母は天涯孤独だったらしいぞ』
「そ、そうだったのですね」
参考にしようと思ったのに、ならなかった。
『それに、母の時と時代が違う』
うぅむ。
『それと、陸松。オレは会社を辞めなくてはならなくなった』
「な、なんでっ!」
『会社からはそのあたりの説明はなにもなかったのだが、調べたところ、どこぞの馬鹿が会社に圧力をかけたそうだ。そいつがだれか分かっているので、親父に進言しておいた。あとは知らん』
「急な話ですね?」
『昨日の夜、された』
「報連相っ!」
『今、しただろうが』
「さっきでよかったじゃな……い、です……か」
『先ほど、調査の結果を聞いたばかりで……。って、頼むから、電話の向こうで泣かないでくれるか』
なんで?
彼らがなにをしたっていうの?
別に藍野家の人たちに不思議な力があるわけではない。
むしろ、あったほうがよかったのにと思う。
『すまないが、戻ってくれないか』
え、な、なんでっ?
「も、戻って来なくていいからっ!」
『陽茉莉とは別だから、問題ない』
いや、そういう問題ではなくて!
「運転手さんっ! 戻って来なくていいから!」
聞こえるかどうか分からないけど大声で叫ぶと、遠くから『問題ございません』と聞こえた。うぅ、すまぬ! それと、今度、名前を教えてください……!
麻人さんが戻ってくるということで、玄関前で待とうと思ったのですけどね?
玄関を開けた瞬間、サッと人が去る気配があったので、慌てて中に戻った。
えと?
なんか人、いたよね?
少し時間を置いてそっと覗いてみたら、やはり人が。
これ、もしかしなくても、見張られてる?
さっきまで麻人さんが来てたから?
…………………………。
「あら、莉那ちゃん、玄関でなにをしてるの?」
「ぁ、母。外に人が」
「あらぁ、それ、最近はずっとよ? 気にしちゃ駄目よ」
「最近って具体的にいつからっ!」
「んー? あら、いつからかしら? 最近と言ったけど、ここ二・三日かしら?」
……犯人はやはり麻人さんっ!
ほんと、なんなの?
嫌がらせも甚だしいのですが!
「懐かしいわ」
「はいっ?」
「依里さんと仲良く遊んでたとき、こうやってよく纏わりつかれてたのよね」
「……………………」
「さすがに雑誌に載ったりはしなかったけど、そういう人たちも来てたみたいよ」
「なんでそんなに冷静なの」
「ん~。あの人たちはいない人だから」
そう言われると、なんでだろう、急にオカルトチックになるのですが。
母の何気ない一言ってなんだか良く分からない恐ろしさがある。
そんな話をしていれば、麻人さんが戻ってきた。
「あらあら、麻人くん、どうしたの?」
「莉那の持ち出し許可をいただきに」
「駄目にゃっ!」
猫さんっ! 逆効果っ!
「そうねぇ。いいわよ、と言いたいところなんだけど、莉那ちゃんも準備がいると思うから、今日は駄目ね」
母、グッジョブ!
「分かりました。こちらも受け入れ体勢を万全にして、いつでも迎えられるようにします」
「それなら問題ないわ」
母はそう言って、去っていった。
……な、なんというか、この、微妙な空気。
それより!
改めて母の言葉を思い返すと、準備さえ整えばいいって言ってるし!
「莉那」
「な、なんでしょうか、麻人さん」
「泣くときは一人で泣くな」
「なっ、なに言ってるんですか」
「オレが知らないところで莉那が泣いているのは、つらい」
そうだった!
なんで麻人さんが戻ってきたのか、思い出した!
「会社を辞めなくてはならないって」
「……仕事の妨げになるから、いないほうがよいと」
「そんな! 麻人さんは真面目に仕事をしているのに!」
「オレが真面目でも不真面目でも、オレがいるだけでみだりに風紀を乱すから、と」
なんなの、その理不尽なのはっ!
「莉那にも迷惑をかけたな」
「迷惑だなんて!」
なんというか、悔しくて涙が出てきた。
「泣くな」
そう言って、麻人さんは恐る恐るといった感じで私の頬に触れ、涙を拭ってくれた。
「その、抱きしめても、いいか?」
「ゲーム内だったら断りを入れないのに」
「……こちらだと、お持ち帰りしたくなるからな」
リアルとゲームとの違いは、はて?
……も、もしかしなくても。
「身体目当てかにゃあ!」
「良く分かったな」
「駄目にゃんっ!」
「……持ち帰らなくても、ここでも問題ないよな?」
「問題、ありまくりにゃあ!」
猫さん、自重!
玄関でぎゃいぎゃい言っていたので、母に怒られ、仕方がなく自室へ。
人を招き入れられる状態ではないけど、致し方ない。
ちなみに、在宅勤務をする場合は空き部屋でやっている。あそこは荷物が詰め込まれているけど、ちょうどよい机と椅子があったし、なによりも電源ですよ! VR機器、どんだけ電源ケーブルついてるのってくらい部屋の電源口を奪っていったのですよ。電気代、怖い……!
「部屋を見ても引かないでくださいね」
「分かった」
絶対こいつ、分かってない。
引き戸を開け、中を見せると案の定、引いていた。
「な、なんでこんなことになっている?」
「奥が寝るためのベッド、目の前にあるのが楓真から譲られたVR機器」
「ほかの部屋は?」
「楓真の部屋は楓真の荷物でいっぱい、空き部屋は荷物いっぱいだし、私はあそこで在宅のときは働いてるので、置く場所はここしかなかったのですよ」
一人一軒の家を与えられてる人には分からないでしょうね、この状況。
「やはり、早く整えて」
「却下っ!」
「なんでだ?」
「いいですか、麻人さん。結婚は就職と同じくらい、人生を左右する出来事なんですよ? それを知り合って数日で決められるわけ」
「ある。オレは決めた。莉那がいい」
そんなに真っ直ぐな視線で断言されると大変に困るのですが。
結局、ベッドに隣同士で腰掛けて、麻人さんと話し合いを行った。
それは日付が変わるころまでで、結局のところ、どこまでいっても平行線だった。車はとっくに帰っていたので、麻人さんは泊まっていくことになった。
…………私と一緒のベッドで。
狭いです!
麻人さんが無駄に大きいから、麻人さんの足はベッドからはみ出してるし、油断したら私が転げ落ちそうだし、なんでこんなことに?
「ほら、寝ろ。おやすみのキスをしないと寝られないのか?」
「あのですね! この状況で寝られる人、いますかっ?」
これなら、VR機器で寝た方がマシっ! 昨日も寝られたから問題ない!
ということで、麻人さんの手をぺりぺりっとはがして、ごろんとVR機器に降りようとして、首根っこを掴まれたせいで失敗した。
「うにゃぁぁぁ!」
「待て」
「首を掴むとは、卑怯なり! 私はこっちで寝ますから!」
「それなら、莉那が壁際で」
「どうしても同衾を強要するのですねっ!」
「同衾なんて単語、よく知っているな」
「それはそちらも! 小さいころ、楓真がよく入ってきてたんですよ」
「……楓真、あいつはやはり一度、殺しておいたほうがよさそうだな」
「どうして物騒な方向にいくんですか!」
「どうして楓真はよくて、オレは駄目なんだ」
「身体の大きさを考えてからそれ、言ってください! 今の楓真とは、絶対にしませんし!」
夜中だというのに、ぎゃいぎゃい言い合って、ようやくVR機器で寝られることになった。
まったくもう。




