第八十五話*正式版一週目の結果発表
本日は木曜日で、メンテナンスが入った。
メンテナンスの時間は働いている時間なので、特に問題はない。
最近のオンラインゲームは鯖を止めないでメンテナンスをすることもあるらしいのだけど、フィニメモは週に一度、メンテナンスのときに鯖を止めるようだ。
これには理由があって、一番大きなところで言えば、廃人さま対策の一環であるらしい。
廃人さまは二十四時間戦ってしまっているので、週に一度、数時間でも強制的に休ませるようにしているようだ。
いや、それなら接続時間で強制切断すればいいのにと思うのだけど、それはしないらしい。良く分からん。
そして、運営からゲーム内情報が開示されたのですが。
レア職業:0
……うん?
あっれぇ? 見間違い?
もう一度確認したけど、やはり0!
おかしくないっ?
ファイター系とマジシャン系の比率は七:三とマジシャン系が少ないとか、平均レベル、最高レベル、スキル保有数、レアスキル一覧なんてあるのに、なんでレア職業がいないことになっているの?
……………………。
あぁ、そうだった!
洗濯屋はレア職業ではなくて、システムが勝手に作ったユニーク職だった!
そりゃあ、運営、出せないよね!
ということは、だ。
私、職を聞かれたら答えられないってことっ?
せっかくのMMOなのに、プレイヤーとあまり接触するなと言われてしまっているし、大変に複雑な気分なのですけど。
でも。
前みたいにボスを出してしまえば、どうあっても接触することになるわよね?
よし、この作戦だわ!
ふ……ふふふ……。
なんて思っていたのですけどね。
ちなみに、この運営データを見ているのは、業務が終わって夕飯までの空いた時間だ。母の手伝いをしようと階下に降りたら、父が母にちょっかいを出しているところだったので、見なかったことにして、部屋に戻ってきたところだ。
それにしても、父よ。きちんと働いてる?
というのはさておき。
うーん、どうしたものか。
そんなことを思っていたら、なんと! 楓真からビデオ通話が。
あれ? 今ってイギリス時間だと午前十時だよね? 仕事は?
「楓真?」
『あぁ、莉那。もう少ししたら日本に帰る』
「……へっ?」
『火曜日に連絡が来て、日本に帰るようにと通達が出た』
こ、これは依里さんの仕業か! あやつ、やること早すぎぃ!
『部屋を片付け終わった。もう少ししたら空港へ向かう』
「は、早いのね」
『まったくね。陽茉莉を盗られたくなければ、一刻も早く戻ってこいって。あの人、なに考えてるんだか』
「あの人って、依里さん?」
『あぁ、麻人と陽茉莉の父親。何度か会ったことあるけど、親父みたいでどうも苦手だ』
た、確かに方向性が似ている。
というかだ、当たり前だけど麻人さんの名前、知ってるのね。
『それにしても』
「うん」
『藍野家は陸松家を取り込んでどうする気なんだ?』
「どうするもなにも、特に深い意味はないと思うけど?」
打算で動いているようにはまったく見えない。
いや、なにか意図があるのかもだけど、凡人には考えつかないなにかがあるとしか。
『ということで、代表として莉那に伝えたからな』
「え、なにをっ?」
『帰国すること。あ、迎えはいらない。藍野家から迎えが来るらしいから。落ち着いたら改めて連絡する。あ、あと、最近、動画が来ないのはなんでだ?』
「あー、それはキースとかくれんぼしてたから。もう決着がついたから、送っておくね」
『またとんでもないやらかしをしてるんだろうな、俺の女神は』
……そっか、やらかしの女神の称号は楓真の『俺の女神』発言から来ているのか。
いや、それより、いつから私は楓真の女神になったの?
……ま、まぁ、いいや。陸松の男子は訳の分かんないことをよく口にするから、いちいち真に受けていたら身体がもたない。それは楓真も例外にならず、だ。
『それにしても、イギリス赴任はなんだったんだろうな』
「さ、さぁ?」
『そろそろ時間だな。また連絡する』
それだけ告げて、通話は終わった。
慌ただしかったけど、まぁ、仕方がない。
楓真に貯まっていた動画を送って、この隙に夕飯を食べたり、お風呂に入ったりしよう。
そう決めて、階下に降りたらDeathね。
「麻人さん?」
なんで来てるの?
いや、それもだけど、後ろに立っているのはもしかしなくても、
「マリーちゃん?」
「はいっ! お姉さま、はじめまして!」
耳と尻尾がないけど、マリーだ。本当にまんまだ。
「おい、なんで陽茉莉はすぐに分かったのに、オレのことに気がつくのに半日以上掛かってるんだ」
「いやぁ、あまりにも無表情で抑揚のないしゃべり方だったから」
あとは髪型と色の差のせい?
「確かにゲーム内のお兄さまとこちらのお兄さま、違いますわね」
「どう違うんだ」
「ゲーム内は素のお兄さまなんですけど、こちらでは取り繕っているといえばいいのでしょうか?」
どちらが素なのかはともかく、リアルだと不自然さがあるように思える。
「仕方がないだろう。素だとさらに人がたかってくる」
たかってくるって……。
いや、それよりも、だ。
「ところで、二人でうちに来て、なにかご用でも?」
「陽茉莉にこちらでごちそうになった話をしたら」
「わたくしを差し置いてお義母さまの手料理を食べたなんてっ! しかも、お父さままでお呼ばれしたと聞きまして!」
ぉ、ぉぅ。
た、確かに母の料理は美味しいですよ?
「ふふ、嬉しいわね。わざわざ食べに来てくれるなんて」
母はご機嫌なので、まぁ、いいのか。
「あ、そうだ。さっき、楓真から連絡があって、帰国するって」
「まぁ! 早くて一年と言っていたけど、もう一年、経っていたかしら?」
母、ボケなくていいから。
いや、この人の場合、本気で言ってるから怖い。
「さすがに楓真がイギリスに行って一年経ってないから」
「そうよねぇ。あぁ、びっくりしたわ。いくら歳を取ると時間の流れが速くなるって言われてても、知らない間に一年経ってるわけはないわよねぇ」
この人、父とは別方向でヤバくない? 大丈夫?
「ふふ、お義母さま、面白いですわ」
というか、さっきからマリーがうちの母を義母呼びしてるけど、私がいない間になにがあった?
麻人さんに視線を向けると、後で話すと言わんばかりに首を振られた。
「さぁ、席についてちょうだい。ご飯ができましたよ」
母はとてもうれしそう。
あれ、そういえば肝心の父は?
疑問に思っていると、なんと父は母の足下からぬらりと浮き出てきた。
「うにゃあっ!」
うわっ、驚くと猫っ!
「どうした?」
私の声に麻人さんが駆けつけて来た。
「ち、父がっ!」
「あぁ、さっきから地面に這いつくばってなにをしているのかと思っていたんだが」
「父ぃ」
奇行をよくする父だけど、今回のは今までで一番、意味が分かりませんっ!
「なずこさんの足下、イイっ!」
……意味はなにもなく、ただのヘンタイだった。
「父、母から三行半を出されないようにね」
「あら、それはないわ。穗希さんはわたしがいないと駄目だし、穗希さんはだれにも渡さないわ」
「ぉ、ぉぅ」
父はわが家の最下層にいるはずなのに、母からだれよりも大切にされているらしい。
「父、母に甘えず頑張れ」
「なずこさん、最高っ!」
「ふふっ、当たり前よ」
この夫婦、割れ鍋に綴じ蓋なのか。
……分かっていたけど。
「莉那、オレがそれ以上に愛してやるからな」
「……………………」
「お兄さま、ズルいですわ! わたくしもお姉さまを愛してますからっ!」
そう言って、マリーちゃん……陽茉莉? ちゃんは私に抱きついてきた。
ゲーム内では抱きつかれた覚えはないけど、体当たりの愛情表現は健在のようだ。
な、なんだろう。
「にゃあ」
うん、猫になろう。
「お姉さま、かわいい」
そう言って、スリスリしながら麻人さんに視線を向けるのは止めてください!
「ぐぬぬぬ……」
麻人さんは激しく陽茉莉を睨みつけているのですが、怖いです!
こうして、カオスな夕飯の時間が過ぎていった。




