第八十四話*【キース視点】役得
イソギンチャクであるアネモネ対災厄キノコの子どもたちと無数のアイロン台という、はた目から見ると怪獣大戦争状態の戦い。
そこにリィナが違和感なく混じっているのは、なんと言えばいいのか。
リィナはなにやらスキルを使っては首を捻ったり、うなずいたりしている。どうもそれは検証をしているようだ。姉弟ともになかなか探求心が旺盛というか、好奇心旺盛というか。
「中の音を聞くことはできないのか」
オレの問いに、フェラムはやりとりをしていた。どうも外の運営の人たちに確認をしているようだ。
「この機能ですが、実は開発中でして、まだ音を拾うことが出来ていないようで」
「それなら仕方がない」
中に入らずに中の様子をうかがうのは、普通なら犯罪に問われる可能性がある。要するに盗聴器とカメラを知らないうちに仕掛けられている状況なわけだ。
「……映像と音と別々に拾えばいいのでは?」
ぼそりと呟けば、フェラムは手を叩いてうなずいた。
「なるほど!」
なるほど、なのか?
オレのアドバイス? のおかげなのか、すぐに中の音も聞こえるようになった。対応が早いな。
聞こえるようになったのはいいんだが、思った以上にカオスだった。
キノコたちが歌っているようだとは思ったが、「きの」「のこ」という謎の歌詞が繰り広げられていて、さらにはキノコたちから音符が生まれ、それがアネモネに当たる音、弾けて胞子になる音、アイロン台同士が当たって鳴る音など、思っていた以上ににぎやかと言えば聞こえはいいが、それは騒音とも取れるほどだった。
「中は音の洪水だな」
「キースさん、なかなか詩人ですね」
これくらいでそうなのか? ……いや、違うな。
まぁいい。
キノコたちは周りの騒音を演奏に高らかに歌っている。かわいいといえばかわいいのかもだが、なんたって歌詞が「きの」と「のこ」なのがなんとも。
……もしかしなくても、「きのこ」……なのか? な、なるほど?
『乾燥っ!』
リィナが乾燥を詠唱しているが、やはりアネモネはリィナから見ると格上という話なのと、相手は水分をたっぷりと含んだ水棲生物というだけあり、ダメージがほとんど通っていない。
なるほど、水属性とは相性が悪いのか。
あとはアイロン台を召喚していたが、あのヒシャクのようなアイロンはこのためにあるのか? いや、まさかそんなことはないよな?
まったくもって謎が多いが、フィニメモからログアウトしたら、少し調べてみよう。
リィナたちが優勢で戦闘が進行していたのだが、アネモネのHPが残り五分の一くらいになったところでアネモネの動きが微妙に変わった。
それまではアネモネは絡みついているアイロン台をはがそうとウネウネしていたのだが、動きが鈍くなり、触手の先から怪しい煙が出始めていた。
あれはマズくないか?
「おい、あれは」
「なんですかね」
リィナはあの煙に気がついてない。
どう見てもデバフとしか思えないのだが、どんな効果なのか分からない。
イソギンチャクの触手には毒があるというが、あれは毒ガスなのだろうか。毒ガスならばリィナのスキルで解除ができるはずだが、気絶など、行動不可になるデバフだとヤバい。
ただ見ているだけなのもそろそろ限界なので、中へ突入したい。
「フェラム、中へ踏み込もう」
「それは同意なのですが」
「が?」
「なにもあの煙にわれわれも巻き込まれる必要はありませんよね。助けに行って足手まといになったでは笑えません」
「そうだな」
フェラムのいうことはもっともなんだが、見ているだけというのは思っていた以上にやきもきする。
アネモネの触手から出た煙はすぐに空気に溶けて消えてしまったが、それはどう見てもリィナとサラにたどり着き、二人の身体は地面へと崩れ落ちた。それと同時にアネモネのHPも弾けて、派手な音を立てて壁から落ち、しばらくするとじわじわと姿が消えた。
「リィナ!」
「突入します!」
フェラムの声とともに目の前が暗くなり、それから青い空間へと移動した。どうやらあの青い洞窟のようだ。
「リィナ!」
オレはリィナに駆け寄り、水に濡れた地面に横たわるその身体を抱き上げた。
「リィナ!」
名前を呼びながら身体を軽く揺すったが、まったく反応がない。頬に軽く触れても、身動ぎもしない。
もしここでキスをしたら、リィナは起きるだろうか。
別に自分が王子さまだなんて思ってないが、姫を起こすのはやはりキスがいい。
というのは理由付けだ。
なにかもっともらしいことを言って、今からする自分の行動を正当化しようとしただけだ。
さすがにBANされるとショックだが、されないと信じて。
リィナの頬に手を当て、顔を近づけようとしたのだが、
「キース、アウト」
「くそっ」
そうだった、静かだからすっかり忘れていたが、ドゥオがいた。
「未遂だ」
「しようと思った時点でアウト」
それでアウトだったら、オレは常にアウトになる。
「と、とりあえずだ」
「調査の結果、睡眠ガスのようですね」
「この狭い洞窟でそんなガスを充満させられたら」
「全員が睡眠状態になりますね」
「だが、睡眠は殴られたら起きる、んだよな?」
「殴られたら、というより、強い衝撃を受けると目が覚めます」
ということは。
「アネモネは睡眠を掛けて逃走しようとしていた?」
「みたいですね。ある程度、HPが減ると逃走して体勢を立て直そうとするボスモンスターがいるので」
だが、逃走する前にHPがなくなった、と。
「それで」
「アネモネのドロップはリィナリティさんのインベントリにすべて入れておきます」
戦闘が終わったからか、あれだけあったアイロン台はすべて消えていた。災厄キノコの子どもたちは身体を寄せ合い、なぜか震えている。
そして、床に散らばっていたアネモネからのドロップ品は一瞬にしてすべて消えた。リィナのインベントリに入ったのだろう。
ふと、そういえばサラは? と視線を向けると、みんととすみれが抱き起こし、サラはそれで目を覚ましていた。
「──それで、リィナなんだが」
「ログイン判定はされてますけど、どうやら中の人が寝ているようですね」
「おい、まさかの」
「いわゆる『寝落ち』ですね!」
よりによってVRで寝落ちとは!
さすがやらかしの女神。
「仕方がありません、オセアニの村までサービスで転送しましょう」
「助かる」
抱えて戻ることもできたが、明日のことを考えたら、そろそろログアウトしたい。
これがリアルだったら、間違いなくリィナを村まで抱きかかえて帰るを選択しただろう。──現実として、出来るかどうかは別として、だ。
だが、ここはフィニメモというゲーム内で、今はゲームマスターがいて、楽が出来ると知っていれば、そちらを選択する。リィナが起きていたらまた別の選択肢を選んでいただろうが、寝落ちした抜け殻を抱えては……。
フェラムはオレたちを一瞥すると、
「オセアニの村まで」
視界が暗転して、次には見覚えのある村の入口へやってきた。
「今日はありがとうございました。なかなか充実した時間を過ごせました」
「主にリィナのやらかしのせいだがな」
「また時間を見つけてお邪魔します。それでは!」
フェラムはそれだけいうと、消えていった。
「え、おいっ!」
お邪魔しますって、また来るのかよっ!
勘弁してくれよ。
……そのときが来たときに考えよう。
それはさておき。
サラたちはこの村に知り合いがいるとかでそちらにお邪魔して、朝になったら水源に戻るとのことだった。
「お礼がしたいから、紅髪の子と水源に来て」
サラはそれだけ言うと、みんととすみれを連れて村の中へと消えていった。
「さて、オレたちは」
「宿屋、こっち」
ドゥオの案内で宿屋を決めたのはいいんだが、部屋はひとつしか空いておらず、ベッドはふたつ。
「ドゥオは一人でそっちを使え」
「キースは?」
「そんなの決まってるだろうが」
リィナと一緒のベッドに決まっている。
「明日は朝からメンテか。ドゥオ、メンテ明けにな」
「うん、分かった。おやすみ」
そう言って、オレはリィナを抱えてベッドに横になった。
「キース、BAN」
「仕方がないだろう、ベッドはふたつだ」
「私は要らない」
「そういうわけにはいかない。では、またな」
リィナの身体を抱きしめて、久々にログアウトボタンを押した。




