第八十二話*【キース視点】やらかし散らすって勝手に言葉を作るなよ
フェラムはゲームマスターの管理スキルを使い、リィナがいると思われる場所にまで瞬間移動をしてくれた。もちろん、ドゥオをはじめとしたNPCたちも連れてだ。
「このあたりのはずなのですけど」
そう言って、フェラムは海岸沿いにある岩の壁を見つめてうんうんと唸っていた。
「ボス戦中は入れないように出入口が塞がれるんですよね」
「知ってる」
βテストのとき、何度となくいきなりのボス戦に遭遇した。しかも出られなくなるのだから、タチが悪すぎる。
「ボス戦の場所に入ったらいきなり出られなくするの、止めてほしいんだが」
「それはそうですよ。そのほうが楽しいではないですか」
「……それも一理あるな」
攻略法が分かっていて挑むのもありだが、前情報一切なしの攻略も楽しい。どちらかといえば、攻略できるのがいい。
……なるほど、だからこそβテストは楽しかったのか。フーマに感謝だな。
「さて、どうしたものか」
「ボス戦の場所にいきなり移動というのは出来ないのか?」
「できますけど」
「なら、悩む必要はないだろう」
「そうなのですけど。リィナリティさん観察班によると、今、良い感じで戦闘が行われているようなんですよね。このまま突入するとそれに水を差すことになりますし」
「……むぅ」
格上のボスと聞いていたのだが、さすがはリィナ、なのか?
「はい、なになに? 特別に? 分かりました、お願いします」
「なにがだ?」
「なかなか貴重な映像が撮れるとかで、その様子を見せてくれるようですよ」
リィナだ、またとんでもないやらかしをしまくっているのだろう。なにがあっても驚かない。悟りの境地に達したからな。
オレたちの前に大型スクリーンが現れ、すぐに映像が映し出された。
どうやら青い壁の洞窟内で、あまり広くないみたいだ。天井から水滴が落ちている。
その水滴に合わせるように映像が切り替わり、リィナを映した。
いつもは無表情なのに、今は戦闘中だからなのか、少しきつい表情でどこかを見ていた。その視線の先は──。
「……なんだ、あれ」
映像越しに鑑定が効くか分からないが、いつものクセで使っていた。
名前はアネモネ、レベルは三十。イソギンチャクのようだ。
「イソギンチャク?」
「のようですね」
「おい、運営。把握してないのかよ」
「あのですね、フィニメモ内にどれだけのモンスターとボスが存在していると思っているのですか! しかもこのあたりはまだ低レベル。さらにはあれはレアで、とあるクエストをしていなければ……。え?」
どうした、運営代表。いきなり止まられると困惑するだろうが。
「リィナリティさんは……前提クエストをしていない……だとっ?」
またやらかしか。
システム、自重しろ。
「ただ? ふむふむ。キースさん、そこのおふたりと面識があるということは、水源を守るクエストは?」
「クリアしてる」
「なるほど。今回のこの突発クエストですが、キースさん、あなたがキーとなって発生していますね」
「オレかよっ!」
「いやぁ、やらかしは伝染するものなんですねぇ。なるほど、それでリィナリティさんより格上のボスが出てきている、と」
このフィニメモだが、βテストでは運営の対応はともかく、ゲームシステム自体はまともだったはずだ。それなのにどうして正式版になっておかしくなった?
いや、変わっていないが、なぜかリィナの周りだけおかしいという可能性は……。
今までの様子を見ていると、ありえる。
「ところで」
「はい」
「リィナの周りだけおかしいのだが、BANされる可能性は?」
「その件ですが、リィナリティさんにもお伝えしましたが、なぜかBAN出来ないのですよ」
「BANしようとしたのかよっ!」
「しましたよ」
おいおい、穏やかではないな。
「システムに保護されています」
助かったが、システムに保護されてるとは、一体?
それもだが。
「リィナに会ったのか?」
「はい、昨日。リィナリティさんからコンタクトがありまして」
「……またなんかやったのか」
「はい。そこにいるダークエルフのNPCが自分がログインしていない時間に狩りをして、なぜかそのときの経験値が貯まってレベルアップしたのだけどというお問い合わせでした」
おい、運営。問い合わせ内容を暴露していいのか?
ドゥオに真意を尋ねようと視線を向けると、うなずかれた。本当のようだ。
「本来ならBANなのですが、できませんからね。それもですが、われわれは彼女が持つ、システムが勝手に作りだした職に大変興味がありまして」
「…………。ちょ、ちょっと待て。今、システムが勝手に作ったと言ったか?」
「はい。正式版サービス前にシステムが暴走しまして、色々と勝手に追加されてまして。削除するにも時間的にも技術的にも無理でしたので、そのまま強行した結果、これですよ」
どうにもおかしいと思ったんだよな。
まず、最初から拠点がある。そしてNPCもついている。
洗浄屋はやはりβテストでは存在していなかった。
ウーヌスが言っていたが、リィナはシステムとの親和性が高いと。だからこそのリィナの職なのだろう。
リィナの戦闘に戻ろう。
画面越しに見えるイソギンチャクだというアネモネなんだが、触手になにかたくさん絡みついているのか? それともこれが元の姿なのか? イソギンチャクというのは水中でゆらゆらと触手を揺らしているイメージしかないのだが、こいつはそれができそうにないんだが?
「いやぁ、戦闘もやらかし散らしてますねぇ」
やらかし散らすってなんだ。勝手に言葉を作るなよ。
「触手にアイロン台がたくさん絡んでるとは、かなり斬新ですね」
「アイロン台……?」
そこでふと、思い出した。
リィナが言っていた、最初から覚えていたスキル名を。
それは『アイロン台召喚』と『アイロン仕上げ』。
アイロン台召喚とは、本当にアイロン台を召喚するスキルなんだな。アイロン台というのを初めて見たが、小さな机みたいなものなのか。それにしても、足が短いのと長いのがあるが、どうやって使うのだ?
そもそも、アイロン台とはなんだ?
「ところで、聞いていいか?」
「答えられることでしたら」
「アイロン台とはなんだ?」
「……へっ? キースさん、あなた、リアルに生きている人ですよね?」
「失礼だな、生きてるぞ」
そこでふと、こいつ、女性なのにオレと普通に話してないか? と気がついた。
今までもそんな女性は何人もいたのだが、稀だった。黄色い声をあげなければ死んでしまうと勘違いしているヤツも多かったし、BANされたマロンみたいな勘違いをしているヤツも多かった。
「いやー、相変わらずあなたは残念ですね」
「言いたい放題だな」
なるほど、こいつはオレが残念なのを知っているのか。
「アイロン台を知らないキースさんに説明してあげましょう。アイロン台というのは、衣服にアイロンを掛けるために利用するものです」
「どうやって? 具体的に」
「それはリィナリティさんに聞くのがよいかと。きっと実践してくれますよ」
「なるほど、そうする。ありがとう」
礼を言うと、フェラムは固まった。
なんだよ、こいつもオレが礼も言えないような人間だと思ってるのか?
「失礼だな」
「いえ、別にあなたが礼を言えないような人だとは思っていませんが」
「が?」
「まさかここで礼を言われるとは思っていませんでしたので」
「さっきここに連れてきてもらったときも礼は言ってるだろうが」
「そうでした」
そんなやり取りをしている間にも、戦闘は進んでいく。
先ほどはアネモネの異様な姿に気を取られていたが、それよりももっと大変なやらかしが映っていた。
それは二体のキノコだ。
それはどう見てもあの災厄キノコだが、あれより小さい。なんでここに災厄キノコが?
「なぁ、あれ、災厄キノコだよな?」
「そうですね」
「なんでここにいる?」
アレもリィナの毎度のやらかしなのか?
「なんでですかね?」
フェラムはなにやらやり取りをした後、オレに視線を向けてきた。
「キノコのタマゴ」
「……タマゴ?」
キノコのタマゴ?
キノコはそもそも胞子で増えるんだよな?
……そういえば、そんなやり取りをしたような……。
「リィナにキノコの目玉を渡した。その後、インベントリに入れたらキノコのタマゴになったようだ」
「あれが目玉からタマゴになる確率はかなり低いのですが、さすがはやらかしの女神!」
一応は仕様どおりのようだが、それでもレアなものに変化って、さすがだな、リィナ!
しかし、アイロン台に乗ってキノコが歌っているように見えるし、音符がアネモネに当たると胞子になってそれがダメージを与えているようなんだが、これでいいのか?




