第七十九話*《七日目》洗濯屋ってヤバくないっ?
さて、と。
私のレベル的に本来なら発生するわけがないクエストが発生したうえ、強制参加状態なのですが、これ、クリアできると判断されたってことだよね?
ということは、なにか手があるのよね。
……すぐには思いつかないけど!
私の攻撃手段は、間接的な『洗浄の泡』、直接攻撃は『乾燥』のみ!
『癒しの雨』はダメージを喰らったら即回復してくれるようにとすでに使用済み。
残りは『浄化』と『アイロン台召喚』と『アイロン仕上げ』。
『浄化』は……まぁ、デバフ解除と場の浄化だから使い道はある。
『アイロン台召喚』と『アイロン仕上げ』はどうやって戦闘に使えるのか不明だ。
まさか『アイロン台召喚』はたくさん召喚してモンスターの足止めに使ったり、なんて……。
……………………。
ありそうで、やだ。
絵面的になんか間抜けじゃない?
あちこちに散乱するアイロン台。思うように動けず、右往左往するモンスターたち。
想像しただけでカオスなんですけど。
ま、まぁ、『アイロン台召喚』はそういう使い方ができるってのは使うかどうかは別にして、あるということで。
一番の謎は『アイロン仕上げ』だ。
スキルの使い方を教えてもらって、お店をちょっと手伝ったあとに『アイロン台召喚』と『アイロン仕上げ』は実は使っていない。
なので『アイロン仕上げ』が一番、謎に包まれたスキルだ。
そもそもアイロンを掛け終わった後に『アイロン仕上げ』を使わないと他のものに変化するって……。
……あれ? 『アイロン仕上げ』って変化しないように使うスキル……なの?
布にアイロンを掛ける=他のものに変化させる、ってこと?
え、洗濯屋ってヤバくないっ?
今さら気がついたのかよ! って声が聞こえてきそうだけど、今までそんな認識をしてなかったのよ!
そもそもがシステムが勝手に作った職で、職スキルで設定されたスキルしか使えないとか謎の縛りプレイ状態で外れじゃね? と思っていたのだけど、使い方によっては超とまではいかないけど、チートじゃね?
これ、どのみち私ひとりしかいないのだから、うん、黙っていよう!
罵声を浴びせられたり(予想)、シールを貼られたり(実績)されたら、やだもんね!
さて。
そうなるとだ。
今、戦うための有用なスキルって結局のところは『乾燥』しかない?
でも、アネモネは水分が多すぎて全然水分が飛んでくれないのよねぇ。
アイロン台召喚をしてみる?
インベントリから昔のアイロンを取り出した。
久しぶりに出すのだけど、洗濯屋を返上しなければならないかしら?
えーっと。
『アイロン台召喚』はアイロン台を喚びたい場所にアイロンで指して喚ぶ、と。
アイロンで適当な空間を指して、
「『アイロン台召喚』」
……うん、間抜けだ。
サラも「あんたなにしてんの?」という冷ややかな視線を向けてきてるし。うぅ、痛い。
私の詠唱に呼応して、アイロン台が……え? な、何個出てくるの、これっ?
アイロンの指した先には様々な形と大きさのアイロン台がどちゃっと出てきた。
そこそこ広かった空間にアイロン台が山積みになった。
あっちゃー、またやらかしたか。
これ、どうやって片付けるの?
そう思っていたらDeathね。
ひとつのアイロン台が……え? アイロン台って跳ぶものだっけ?
唖然としていると、次々とアイロン台が跳び、アネモネに体当たりをしていく。
……こ、これはカオス。
動画を撮っておいてよかったけど、どのみち表に出せない!
アネモネも最初はアイロン台の体当たりはそれほどのダメージではなかったのか、無視していたのだけど、止まることなくぶつかられて、さすがにうっとうしくなったのか、触手をぶんっと振ろうとして……アイロン台が触手に絡んで振れなくなっていた。
触手に絡むアイロン台。
な、なんか想像したことのない光景なのですが。
アイロン台は様々な形があるけど、足がついているものが多いではないですか。足の形も様々。
それが良い感じに触手の動きを阻害して、絡んでいる。
ここに『乾燥』をぶっ込んだらどうなるのかしら?
疑問に思ったら、実践しないとね!
「『乾燥』っ!」
アネモネ全体に『乾燥』を掛けたけど、思っているより水分が蒸発してくれない。
水分量もさることながら、やはりレベル差によるレジストか……。
できたら近寄りたくないのだけど、アイロン台が良い感じに触手の動きを邪魔してくれているし、直接攻撃をするしかなさそうだ。
その前に、もう一度。
「『アイロン台召喚』っ☆」
先ほどよりさらに増えたアイロン台がアネモネに突撃してくれている。
触手対アイロン台。
こんな戦闘、見たことない。
はっきりいって、間抜けである。
それにしても、ゲームとはいえ、アイロン台が動くのはかなりシュールだ。きっとだれもアイロン台が自ら動くなんて考えたことはないかもだ。
アネモネがアイロン台と戦ってくれている間に、試してみたいことがもうひとつあった。
それは、布以外──要するにアネモネ──にアイロンを掛けるとどうなるのか、だ。
そもそも、立体物にアイロンなんてめったにかけないと思うのよね。ましてや、動いている生き物に対してなんて、リアルでは、駄目、絶対に! である。
それをあえてやろうとするなんて、われながらどうかと思うのだけど、はたして、アイロンは布以外にも効果があるのだろうか。
ということで気配をできるだけ殺して近寄ろうとしたのですけどねっ?
「うにゃぁぁぁ」
とっさのことに猫っ!
近寄ってアネモネの触手圏内に入ったからなのか、どこからか伸びてきて身体が絡め取られたっ!
って、な、なんで六本目っ! 隠してたのね、卑怯よっ!
アネモネからすれば卑怯もなにもないと思うのだけど、こちらからすれば卑怯だと叫びたいっ!
「ちょ、ちょっと!」
サラが焦っているけど、戦力としては考えられないし、そもそもが助けるために来たわけで。
……来たというか、私もそういえば攫われてきたのかっ!
「近寄らないで!」
「言われなくても近寄るわけないでしょ!」
さすが、ツンのみ。
「みんととすみれ、あと、キースさんも来てくれると思うから」
それまでに倒せていればいいのだけど、まぁ、今の状況だと無理かも。
いや、諦めない!
「みんととすみれは役に立たないわよ」
「ぉ、ぉぅ」
これ、なんていうの? 超ツンのみっ!
「キースは……。ま、まぁ、いいわ」
あれ、ちょっと頬が赤い? デレの兆候が?
……キースめ、NPCにまでこんな反応をさせるとは。罪な男だ。
なんて余裕ぶっこいている場合ではなかった!
触手に巻き取られてはいるけれど、両腕は出ているのでこれで実験はできるっ!
えーっと、アイロンを掛けるには……どうやるんだっけ?
炭は自動でセットされるはず……なんだけど、アイロンはアネモネの触手はアイロンを掛けるものとは認識してくれなくて、炭がセットされない。
うむ、強制的に炭をセットさせるしかないか。
ってことで、私のローブにアイロンをかざすと、ようやく炭がセットされた。ローブは木綿っぽいからね!
炭が消えないことを祈りつつ、アネモネの触手に押し当ててやった!
じゅわぁという音がして、アネモネにアイロン……というより、焼けてる……。なんか変な臭いが立ちこめてきたっ!
『きゅわぁぁぁ』
アネモネから変な声が聞こえてきて、私の身体はぐるんぐるんと触手に振り回されて、ポイッと捨てられた。
ドテッと音を立てて私の身体は濡れた床に落ちた。
「痛いじゃないのっ!」
しかも冷たいし!
自分に軽く乾燥をかけて服を乾かした。
……濡れた服を乾燥?
これ、応用できない?
たとえばだけど、アネモネの表面だけでも乾かすとどうなるか。
さきほど、アイロンを押し当てただけでもあれだけ暴れたし。
アイロンの火力と乾燥の火力は違うから同じ反応にはならないかもだけど、皮を剥ぐように……。
それを想像したら、かなりグロくて思わずその不気味な光景を頭から追いやろうとブルブルと頭を振った。
き、キモい。
実行するべき?




