第七十七話*【キース視点】似たもの兄妹
クイさんには強がって「試練のためなら苦にはならない」と言ったが、あれは嘘だ。
リアルで会えているからまだマシだが、ゲーム内で会えないのはつらい……!
リアルで触れたら最後、身も心も莉那しか見えなくなって駄目になるのは容易に想像がつく。
ゲーム内ではそのことを気にしないで触れられるのに。
莉那がいない。
触れられない。
完全に莉那不足だ。
「お兄さまって、ほんと、馬鹿、よねぇ」
最近ではなぜか毎日、オレの家に来ている陽茉莉がオレが小さく吐いたため息を聞いて、このセリフだ。
「わたくしがお慕いしている楓真さまは、イギリスの遠い空の下。追いかけようにも、日本からなぜか出られないのですから、それに比べればリアルで逢えるだけ遥かにマシですわ。贅沢すぎます!」
「それは痛いほど分かっている。頭では分かっていても、心は痛い」
「分かりますけど! わたくしもお姉さまに会えなくて、淋しいですわ」
「……そうだった、おまえもライバルだった」
「それにしても、さすがお姉さまですわ。洗浄屋のみなさん、元気がありませんでしたもの」
「オルとラウはあからさまに沈んでたな」
洗浄屋は明らかにリィナを中心に回っている。
いるだけで場が和み、やる気になる。
それはとても不思議であるけど、洗浄屋の人たちに限らず、たとえリィナが洗濯屋でなくても、周りが同じように感じて、手を差し伸べているような気がする。
それは一緒に仕事をしていてもそう感じる。
たぶん、何事にも一生懸命だからだろう。
「それにしても」
「?」
「……リィナはどこに」
「案外、近くにいるような気がしますわ」
「なぜそう思う?」
「だって、あのシステムですよ? お姉さまに対して過保護ですもの」
「……システムも敵なのか」
「お兄さま、すべてを敵に回して疲れません?」
「オレは! 独り占めしたい……っ!」
「……なんとかにつける薬はないとはいいますが、本当ですわね」
陽茉莉は相変わらず辛辣だが、オレも似たようなものだから仕方がない。つくづく似ていると我ながら思う。
それを思うと、長兄の上総とはあまり似ていないと思う。
上総も猫をかぶっているが、オレたちとは若干だが違う。
……それはともかく。
「陽茉莉はなにかゲーム内で聞いたか?」
「聞きましたけど、きっとお兄さまと同じ内容ですわ」
シルヴァの村周辺でダークエルフのNPCが一人でずっと狩りをしていたという噂。
どうみてもドゥオだろう。
その噂話を聞いたうえで陽茉莉もそう判断を下したのだろう。
それにしても、NPCが単独で狩り? それはなにかリィナに益をもたらすものなのか?
……いかん、ついいつもの癖でそう考えてしまう。
だが、なにかなければNPCは動かないような気がするので、ドゥオの動きはリィナにとってなにか役立つのだろう。
「とにかく。お兄さま、早くお姉さまを見つけてくださいな」
「……迎えに行くと莉那には伝えた」
「そうでしたわね。お姉さまを無理矢理そばに連れてきたのでしたわね、この愚か者は」
「愚か者、か。そうかもな」
莉那自身のことを考えずに、自分の都合で物事を進めてしまった。そのことについては莉那に申し訳ないとは思うが、ラウから言われた言葉を思い出すと、これでよかったと思う。
── リィナリティには今、死なれると困るのでち。
リィナと同じ赤い髪のおかっぱ頭のブラウニーだというラウはそんな物騒な言葉を口にした。
……となると、莉那を会社でそばに置くだけではなく、普段も目が届く場所に置いておくのが正しいのか?
さて、どうしたものか。
家に連れ込むのは簡単だ。だが、莉那は納得しないだろう。
「陽茉莉」
「はい、お兄さま」
「莉那をここに連れてきたらどうする?」
「どうするもなにも、わたくしは大歓迎ですわ。でも、お姉さまをここに連れてくるのは時期尚早だと思います」
「……だよな」
「なんですの、お兄さま。ここにわたくしが来るのがそんなに嫌ですの?」
「なんでそうなる?」
陽茉莉の思考の飛躍についていけない。
莉那をここに連れてくることがどうして陽茉莉がここに来るのが嫌だという結論になる?
「ここにお姉さまを連れこむということは、いちゃいちゃしたいのでしょう? そうなるとさすがのわたくしでもお邪魔をするのは悪いと思って遠慮いたしますわ」
「……まぁ、そうなるな。そこまで考えられるのに、それをやるのはオレが陽茉莉がここに来るのが嫌だからという結論はどこから来た?」
「だって!」
「だって?」
「……よ、ようやくお兄さまと一緒に遊べるのに。わ、わたくし、淋しかったのですわ!」
そう言って陽茉莉は少し潤んだ瞳でオレをにらみつけてきた。
オレと陽茉莉は六つ離れている。長兄の上総とは八つだ。
藍野家に久々の女子が誕生したことで親父は可愛がってくれているようだが、母は……。
身体が弱いということを理由に、陽茉莉を早々に乳母に任せっきりにした。乳母は献身的に陽茉莉を育ててくれたが、それでも他人だ。
さらには、学校に行っても取り巻きはたくさんいたようなのだが、友だちはいない。
オレも高校三年までは似たような状況だったので、痛いほどわかる。
楓真と出会えなければ、オレも陽茉莉と同じく孤独だっただろう。
なるほど、陽茉莉が最近、毎日ここに来るのは淋しかったからか。
「こうなるとますます楓真には帰国してもらわなければならないな」
「も、もちろん楓真さまにお会いしたいですが」
「が?」
「わ、わたくし、お兄さまとも遊びたいのです!」
「……妹のデレはかわいいものなのだな」
一人一部屋ではなく一人一軒なので、隣同士だがお互いが意識しないといくら兄妹といえど、会うことはない。
それを思うと楓真は陽茉莉にもきちんと気を使えるヤツだということか。
「わ、わたくし別にツンデレではありませんわよ!」
「あれだけオレに説教をしておきながら、ツンデレではないと?」
「そ、それはそのっ、お姉さまのためですのよ」
やはりこいつもライバルなのか。
莉那を独り占めにするのはかなり難易度が高いのか。
それでこそオレが惚れた女性だとは思うが、なんとも複雑な心境だ。
「……そろそろ寝るが陽茉莉はどうする?」
「帰りますわ」
「それなら、送っていこう」
隣とはいえ、そこそこ離れている。帰るとなると陽茉莉は伊勢と甲斐に連絡を入れるが、二人に引き渡すまでは油断できない。
階下に降りると、玄関に伊勢と甲斐がいた。
こちらでも伊勢は渋柿色の忍者服だし、甲斐はさすがに甲冑は着ていないが、鎖かたびらを着込んでいる。鎖かたびらを着ていても動きが速いのはすごいといつも感心している。
「こんばんはでござる」
「あぁ。迎えに来てくれていたのか」
「そろそろかと思ってでござる」
それにしても、この二人はリアルとゲーム内で変わらない。
「毎日すまないな」
そう口にすると、伊勢と甲斐だけではなく、陽茉莉まで目を見開いてオレを見た。
「なんだ、オレが感謝の言葉を口にするのがそんなに珍しいか?」
「明日、槍でも降ってくるのかしら」
「おい、失礼だな」
陽茉莉は伊勢と甲斐とともに隣に戻っていった。
陽茉莉がいなくなると、少しだけ淋しい。
陽茉莉が言っていたことは、オレにも痛いほど良く分かる。どちらにしても、似た者同士だ。
明日はリィナを迎えに行こう。
そう心に決めて、オレは寝室へと向かった。
◆
予想どおり、リィナはシルヴァの村にいた。
ドゥオと見覚えがあるNPCと楽しそうに歩いている。
その光景は、オレが憧れ、思い描いた理想の家族で……。
「リィナ、迎えに……っ! オレがいない間に浮気をして子どもを作るとはいい度胸をしているな? やはりドゥオとふたりにしたのはまずかったか」
自分でも馬鹿なことを言っている自覚はあったが、ジリジリと焼け付くような焦燥が勝手に口にしていた。
前に助けたみんととすみれだと分かったが、こんなにもひどい独占欲が自分の中にあったのかと驚いた。
リィナを抱えて歩き出せば、妙な気配も一緒についてくる。
見えないけど、確実にいる。
たぶんだが、こいつがリィナにシールを貼った犯人だ。
そのことにシステムも気がつけ。
そう念じながら、
「隠れてないで出てこい」
この一言が合図だったのか。
リィナの隣に黒髪のダークエルフが現れ、さらには目の前の空間が割れたかと思うと紐状のなにかがリィナを巻き取り、連れ去った。
くそっ、油断した!
それもだが。
オレは素早くインベントリから縄を取り出し、陰気な顔のプレイヤーに投げかけ、拘束した。
ダークエルフの女はまさか見えているとは思っていなかったのか、驚愕の表情でオレを見た。
こいつの顔、見覚えがある。
βテストの初期に楓真とともにダンジョンに挑んだのだが、二人では歯が立たなかったため、野良でパーティメンバーを募集したときにいた一人だ。
どうして覚えているのかというと、こいつは短剣職で斥候スキルに特化しているという売り込みだったのにかかわらず、オレのそばから離れなかったのだ。
結果、斥候スキルを取っていたオレが代わりにやったわけだが、そうするとこいつまでついてくるのだ。
斥候は一人で充分なのに、こいつはなにを考えているのだ。
フーマもこいつに注意はしたが、それでも聞かず、結局、二人で同じルートを確認するというとんでもなく無駄なことをすることになった。
これ以降、野良に懲りて継続的にパーティを組める人材捜しをすることになった。
おかげで攻略自体はスムーズにいくようになったが、そのせいで変に名が売れたのとフーマの動画の再生数が増えたのと相まって騒がれはじめ……。
そんなヤツがどうしてリィナに付きまとっている?
いや、それより。
「その手にあるのは」
運営にシールを送った後、じつは一度、ゲームマスターからコンタクトがあった。
フェラムと名乗り、ゲームマスターのとりまとめ役をしていると言っていた。
そしてもし、シールを貼ったと思われる人物と接触したとき、呼んでほしいと言われていた。
なので、すかさずゲームマスターを呼んだ。




