第七十六話*《七日目》触手っ!
キースは今にもドゥオに飛びかかりそうなのだけど、ようやくみんともキースに気がついたようだ。
「あ、キースにいちゃん!」
「おまえは……みんと? とすみれ、か?」
「そうだよ」
みんととすみれは私と繋いでいた手をほどくと、キースに走っていき、飛びついていた。キースは軽々とふたりを抱きとめて、抱え上げていた。
う、うらやましす!
私もあのふたりをあんな風に抱っこしたい!
……そういえばキースは腕力に極振りしてると言っていたけど、私も振ったら、フィニメモ内だけでもあんなことができる……?
「リィナは無理」
「な、ドゥオさんっ? な、なんで私の考えが」
「目は口ほどにものを言う」
「う」
オルとラウを両腕に抱えているのを見たときもだけど、あんなかわいい子をふたりも抱っこだなんて。
「……キースさんも浮気っ!」
ビシッと指をさして指摘する。よい子のみんなは人を指さしてはいけませんよ?(二回目)
そんなことはこれっぽっちも思ってないけど、報復してみた。
「このふたりがリィナの子なら、オレの子でもある」
「ぶっ」
だ、だめだ、キースが遥かに上手だった!
「そうだ、キースにいちゃん! サラねーちゃんが触手に攫われたんだ!」
「だからね、リィナさんに助けを求めにきたの」
みんと、すみれ、上手いぞ! よし、キースの気をそのままそらし続けていて!
「サラか」
そういえば、サラちゃん? さん? ねーちゃんだからくんはないか。いや、それは分からないな。ぼくっ娘な開発チームメンバーもいることだし、男装の麗人かもしれない。
……いかん、すぐに脇にそれてしまう。
「オレ、あいつ、苦手」
「キースにいちゃん! そんなこと言わないでよ」
「サラねーちゃんはデレなしツンのみだけど、キースにいちゃんのこと、好きだから!」
「……むしろ嫌ってくれていい」
キースのテンションがかなり下がってるけど、サラねーちゃんってどんな人なんだろう?
「そういうわけで、リィナはもらっていく」
「え、ゃ、ちょ、ちょっとっ!」
みんととすみれを地面に下ろすと、キースは私の横に瞬時に移動してきたかと思ったら、腰を引き寄せられ抱えられた。
「キースさんっ!」
「ようやく会えた」
リアルで会ってるじゃないのっ! と思ったけど、切ない笑みを向けられて、言葉に詰まった。
キースは私を小脇に抱え、どこに向かうのかと思ったら、フィールドへ。
「キースさん、どこへ?」
「どこって、……どこに行きたい?」
「……………………」
う、うん。
目的があったわけではないのか。
それなら。
「シルヴァの村の水源に行きたいです!」
「その心は?」
「突発クエストが発生しているのです!」
「……やらかしか。健在すぎて笑えるな」
「そういえばいろいろと衝撃な事実が発覚したのですよ!」
キースに詳細を話そうと口を開きかけたとき、キースの身体が強張ったことに気がついた。
「静かに」
口を閉じ、キースを見上げる。
かなり険しい表情をしているけど、なに?
悩んでいると、キースが私の身体を地面に立たせたので立って逃げようとしたのだけど、素早く腰を引き寄せられて無理だった。
そして先ほど感じたゾワリとした感触。
「隠れてないで出てこい」
キースの声にしかし、姿を現さない。
これほどまでにもはっきりとした殺気を感じるのに、姿が見えない恐怖。
とても近くに気配が──。
「っ!」
それは、なにもかもが同時だった。
まず私の隣、キースとは反対側に急に浮かび上がった見知らぬ人物。薄汚いフードの隙間から見える、黒髪の、かなり陰気なダークエルフの女性。
その人は昏い笑みを浮かべ、私をねっとりと見ていた。
それを見て、ずっと感じていた気配はこの人だと直感的に分かった。
「おまえ──」
キースも気がつき、その人をにらみ殺しそうなくらい険しい表情でなにかを言おうとしたところ。
急に目の前の空間が裂け、そこから未知のなにか──長くてにゅるっとしたモノ──が伸びてきて……。
「っ!」
「リィナっ!」
キースが私の腰をしっかりと抱えていたのにもかかわらず、それはいとも容易く私の身体を巻き取った。
「ぎゃあ」
「くそっ」
かなりかわいくない悲鳴があがったけど、いや、そんなことを考えている場合ではなくて!
もがいて抜けようとするのだけど、そんなに簡単には外れてくれない。
それはギュイっと裂けた空間へと引き下がり、私の身体も引き込まれ──。
「リィナ、助けに行く!」
キースの声を最後に、記憶が途切れた。
◇
ぴちょん……。
そんな音が聞こえてくる。
うーん、なんで水の音?
「っ!」
そ、そうだ!
なんかよく分かんないモノに引っ張られ……。
「うぇっ?」
目を開けると、目の前に、しょ、触手っ?
えと、青い触手がうじゃらうじゃらと。
ぅぅぅ、これはキモい!
さ、さすが、ゲームの定番である触手!
触手は私がここにいることを確認したら、シュルッと引っ込んだ。
目で追うと、それは壁に戻っていた。
近づいたら危険な予感がしたので、遠巻きに見る。
触手が……五本?
とそこで、鑑定を使って観察すればいいことに気がついた。
触手に鑑定、と。
名前はアネモネ。予想に反してかわいい名前だけど、イソギンチャクという意味のようだ。
って、イソギンチャクっ?
え? イソギンチャクって海水……だよね?
ということは、このあたりは海に近いの?
次々と疑問が浮かんでくるけど、まずはここがどこかはっきりさせるところから始めればおのずとほかの答えも導かれるっ! ……たぶん。
それで、地図を見たのですよ。
結論としましては、……ここ、どこ? だった。
だってDeathね、「表示できません」と出て、マップは灰色だったのですよ!
うーんと?
マップには表示されないけど存在している空間? そんなことあるの?
これ、キースに居場所は分かるの?
いやそれよりもだ、私、ログアウトできるの? できないとか、やなんですけど!
あとの懸念は、ログアウトできたけどログインできないなんて可能性も。
……とりあえずのタイムリミットは、日付が変わるまでくらいには解決してログアウトしたい。希望ですけど! それより早ければよし! 難しいかもだけど。
あ、ちなみに私が出したユーザークエストですが、クエストはひとまず終了になっている。ただ、クエスト報酬をまだキースに提示してないので、完全には終わってない。
のだけど、私が負けた時点でキースのマップには私の居場所が表示されるようになっているはず。
しっかし、向こうも同じ表示だと思うのだけど、これ、またもややらかしなのかしら?
突発クエストが強制的に発動した時点で私がここに連れ去られる? のは予定どおりなのか、否か。その判断は私には出来ない。
そんなことをぐだぐだ考えていたのですけどね?
「あのぉ?」
おずおずといった感じで声を掛けられた。
てか、ここに人っ?
いや、もしかしたら先ほどのアネモネちゃんが人間の声を真似てかもだから警戒するのよ!
と思いながら振り返ると。
私の胸くらいの高さの、水色の髪の毛の少女が立っていた。




