第七十話*社会はだれのため?
麻人さんの仕事の補佐をしつつ、前の部署の仕事もする。引継ぎもなにもしないまま連れて来られたから、仕方がない。
まったくもって、麻人さんも人が悪い。
「あれ、麻人さん」
「なんだ」
「今までだれか補佐をしてたんですか?」
「いない。ずっと探してたんだが……な」
適任者がいなくて困っていたところ、私がターゲットにされたということか。
私なら「きゃー」なんて言わないし、まあまあ真面目に仕事してるし。残業は嫌だから、さくさく仕事するし!
しかし、前の部署の仕事をしつつ、麻人さんの補佐もするとなると、残業必須になりそうだ。
しかも私と空気読めないくんが抜けたとなると、人員補充をしなきゃだし、見つかっても即戦力になるかというと、微妙だ。
まぁ、空気読めないくんはそんなに仕事を持ってなかったはずだから、まだ楽かもね。
……待てよ? まさか空気読めないくんの仕事、私に割り振られる可能性が高くないっ?
「麻人さん、前の部署の私の後任、早く決めないと私の残業生活が始まってしまいます!」
「本当は後任を決めて、引継ぎもしてからと思ったんだが、いろんな事情があって、かなり強引な形になってしまった」
「まったく、そうですよ!」
「すまない」
意外に素直に謝ってくれるのよね、麻人さん。
謝ってくれたところでなにも解決にはならないのですけどね! まぁ、気持ちの問題?
「手伝えることがあれば、言ってくれ」
「そもそも麻人さんが私の業務をできるのかを知らないですし」
「なにをしてるのか教えてくれないか?」
「主な仕事は他の人のサポートですね。後は毎月ルーチンでやっている支払い業務ですかね」
「支払い業務は手伝えそうだな」
「あ、でも、部署が違うから無理か」
うーむ。どうしたものか。やはり残業生活、必須か?
となると、平日はフィニメモにログインしてすぐにログアウトになりそうだ。ログインをしない、という選択肢は今のところはないっ!
しかし、それが何ヶ月も続くわけではないから、落ち着くまでは残業生活になるのは潔く諦めるか。
もちろん、フィニメモにログインは必須です!
仕事の方向性は決まった。
それでは文句を言っている暇があるのなら、手と頭を動かして少しでも前進するべし!
……という感じで、後任者が決まるまで兼任することになった。
麻人さんが会議資料を作っている間に、私は前の部署の仕事をしたり、麻人さんが作った資料のチェックをしたりした。ここから出るのは最低限にするようにと言われているので、前の部署の人たちへの直接のヘルプはできないけど、それ以外なら出来る。
基本、麻人さんは担当者にヒアリングをしてから資料を作っているようなのだけど、やりとりはメールが主で、細かいところやメールでは分からないニュアンスなどは電話やウェブ会議サービスを使っているようだ。担当が社内にいないことがあったり、いても部屋から出ると騒ぎになるとかで、極力出ないようにしているようだ。
なんというか、それはとても悲しいと思った。
とそこで、学生時代はどうしていたのかという疑問が。
「学生時代もこんなだったんですか?」
「いや。他の生徒と同じように受けていたぞ」
「ですよね?」
はて、なんでこんな騒ぎになっているのでしょうか?
もしかしなくても、学生時代はまだ座敷わらし一族だってことが明るみに出ていなかったとか? それならあり得る。
そもそもいつから言われ始めたのか?
私が知ったのは、就職活動のときだ。
AIは昔から使われていたけど、いつから人間の手を離れて暴走し始めたのだろう。
それは暴走といえばいいのか、AIに自我が目覚めたといえばいいのか。
ちなみにだけど、他の会社ではAIに私がやっているような仕事をさせているという。そうすると人件費がかなり抑えられるし、ミスも少ないのだとか。
だけどこの会社がそれをしないのは、グループ会社の請求書をまとめて処理しているのが大きいらしい。あとは初期投資が膨大すぎるからとも聞いている。
なんだけど、私が抜けることで人員補充をしなくてはならないわけだけど、もしかしたらAI化される可能性もある。
なぜなら、最初の設定は大変だし、初期費用はびっくりするくらいかかるけど、AI化してしまえば欠員のことは気にしなくていいし、ミスも減るのだ。
一部の上層部が経費削減のためにAI化を進めたいみたいなことを言っているらしいので、そうなるかも、だ。
なんだけど。
フィニメモで聞いた話が本当ならば、AIに任せるのは危険なような気がするのだ。
自我に目覚めたAIに任せたために、人間がAIに支配される未来。
それはなにがなんでも回避したいけど、もしかしたらその方が幸せであるかもしれない?
フィニメモはゲームなのに、なんだかとても難しい。
──話が逸れまくったけど、AIが自我に目覚めたのが四年……五年くらい前? とすれば、麻人さんの就職活動がキッカケになったとみていいのかもしれない。
となると、麻人さんがキーになっているのか。
どこかの企業でかなりAIを取り入れているところがあるらしく、そこが麻人さんのことを調べるためにAIに問い合わせていたとしたら?
AIが麻人さんのなにかに興味を示して、そこで座敷わらし一族のことが明るみに出た、という可能性は?
……あり得る。
隠されていた座敷わらし一族を表に出すことで、AIが得することは?
まさかAIまで麻人さんたちが繁栄をもたらすと本気で信じていたりするの?
いや、それだったらAIは秘匿するはず。
となると、なにが目的なの?
もしかしてAIは、人類の滅亡を望んでいるの?
飛躍しすぎ?
だけど。
いくらAIとはいえ、人類がいなくなったら生命……というとなんか違うけど、自分たちを維持していくことができなくなったりしない?
AIはコンピュータの中でのみ生きることができて、いくら進化しても外に出ることは出来ないはずだ。
まさか小型化して、移動できるような存在になっていたり?
さすがにまだそこまでいってない?
いっていたら、フィニメモ内で実験なんてしないよね?
だけど、こうも考えられる。
……すでに小型化は実現していて、実用性があるかという検証段階だとしたら?
その可能性は高いと思う。
──とはいえ。
ここで分かったからといって、どうすればいいのか、対処方法が分かっても、私だけでできるのか、などなど、問題は山積みだ。
AIの進化は、人類にとってよいことなのか、悪いことなのか。
「莉那」
「あいにゃ」
あ、いかん、仕事中だった!
「……やはり持ち帰りを検討」
「にゃー! 駄目Deathにゃ!」
うわぁ、墓穴掘ってる! な、なんか泥沼!
「麻人さん、どうかされましたか?」
「取り繕うの、早いな」
「なんのことでしょうか? あと、業務中は陸松、でお願いします」
「四文字、面倒だ」
「……それでは、にゃあ、はなしの方向で」
「……………………。分かった、業務中は陸松と呼ぼう」
麻人さん、なんて残念なんだ。
「前の部署の後任なんだが」
「はい」
「AIを導入することにしたらしい」
「やはりですか」
「予想していたのか?」
「今、そのことについて考えていたんです。麻人さん、それって大丈夫なんでしょうか」
「……大丈夫ではないだろうな」
大丈夫ではないって、どうすんのよ!
「一度、失敗しないと分からないだろうな」
「失敗って。今回の導入で失敗しても、それはクリティカルではないと?」
「まぁ、AIも馬鹿ではないだろうから、早々には失敗しないだろうな」
「じゃあ、これが成功と認識されたら」
「次の段階だな」
「では、いつしか人間は必要でなくなって」
「そうなると、なんのための会社で、だれのための社会なのか。──分からなくなるな」




