第六十九話*必ず殺す技と書いて必殺技
会社に着いた。
麻人さんは私のカバンを右手に、お弁当箱を左手に持ってなぜかご機嫌だ。
なのだけど、麻人さんに荷物を持たせてなんて、ちょっと……いや、かなりマズい?
「麻人さん、荷物ですが、持ちます」
「オレが持ちたいからいい」
う……。分かってた! やっぱりそうなるよね?
地下からエレベーターに乗ったのは私たちだけだったけど、始業時間一時間前といえど、早く出てくる人はそれなりにいるため、一階で何人か乗ってきた。
麻人さんは私とともにエレベーター内の角にいて、麻人さんは入口に背中を向けているため、気がつかれていないようだ。なるほど、顔を見られるとバレてしまうから分からないように背中を向けているのか。
次々と降りていき、私たちは最後だった。
降りる階になったので降りたのだけどDeathね?
エレベーターホールに立ち、部屋に行こうとしたところ、左右の通路から女性たちが現れて道を塞がれたのDeathよっ!
こいつらいつからここにいたの? というか、麻人さんの行動をよく観察してるな、おまえら! それくらい仕事熱心だといいんだけどなぁ?
と激しく思いましたDeath、はい。
……朝から三連発で死んでますね。
「……なんだ」
あ、無表情、淡々モードに入った! しかも低音でドスが効いてるぞ!
「藍野さま! 昨日の件ですが」
「なんでわたしではないのですかっ!」
と、打ち合わせでもしたのですか? ってくらい全員でハモっている。
正直、キモい。
そして、お互いが牽制し合っているようで、ジロリと近くの人たちでにらみ合っているのだけど、ここは必殺技を出すしかないのでしょうか?
せっかくご機嫌だった麻人さんの機嫌が急降下しているのですが、なんで周りの人たちはそれが分からないの?
「言いたいことはそれだけか?」
うわっ、むっちゃ機嫌悪。
ねぇ、これ、この後、私が麻人さんのご機嫌取りをしなきゃいけないってこと? にゃあ、で許してくれるかしら?
「それだけって……。わ、わたしは藍野さまを、あ、愛し」
「黙れ。おまえたちに愛を語る資格はない。なぜなら、オレの機嫌を損ねたからだ」
……Deathよねー。
なんでこの手の人たちってそれが分からないのでしょうか。自己主張したら認められるとでも思っているのかしら?
「自分たちの主張が認められないのは、彼女のせいだ、だから排除する、という思考に傾いていることまで手に取るように分かるぞ。
彼女はオレ自身が認めた、オレの伴侶だ。
もし、害することや嫌なこと、ましてや悪い噂を流したりしたら、流した本人だけではなく、それを聞いたものにまで、なんらかの形で不幸が訪れるものと心せよっ!」
あら、麻人さんが必殺技を使っちゃったよ。
麻人さんはそれだけ言うと、私に目線で行くぞ、と合図をして歩き出した。
私は麻人さんの後ろをしずしずと歩く。
「なっ、なにが座敷わらしよっ! 超能力が使えるわけでもなく、妖力でなにかするわけでもなく、ましてや、この日本から出られないとか、呪われてるのはあなたたちよ!」
捨てゼリフを吐いてる人がいるのですが、あれ、麻人さんって海外に行けないの?
思わず顔をあげて目線で確認すると、後だと言わんばかりの表情を返された。
というか、さっきから目線だけで意思疎通をしてるのだけど、気心が知れてるって感じでなんかちょっと格好よくない?
麻人さんは特に反論もなにもせず、振り返りもしないで自室へと向かった。
私は慌てて追いかけた。
室内に入ると、私のカバンを席に置いてくれて、お弁当は冷蔵庫へ。
「あ、お茶、淹れます?」
「……頼む」
ふふふ、ここでクイさんから教わったことが生かされるっ!
しっかし、フィニメモ、ゲームのくせにリアルでも役立つとは、恐るべし!
この個室、驚くことに小さいけどキッチンもついてるのですよ。しかも水と熱湯も出るので、大変に助かる。
……会社的にあまりここから出てくれるな、ということなのでしょうね。
麻人さんをチラリと見ると、私が麻人さんがキースと気がつく前にずっとしていた無表情な顔で仕事の準備をしている。
だから今、麻人さんがなにを考えているのか、まだ不機嫌なままなのか分からない。
あとで「にゃあ」ってやればいいかしら?
あ、それか、お茶を出すときに「猫舌なので、熱いの気を付けるにゃあ」ってやったらどうだろう?
……あ、駄目かも。
なんて考えていたのだけど、準備が済んだからなのか、麻人さんはジッとこちらを見ている。そんなにお茶が待ち遠しいの?
「あの?」
「なぁ、陸松」
「あいにゃ」
猫っ! なんでここで猫なのっ!
「……なんでそこで悶える返事をするっ?」
「申し訳ございません。にゃあ」
ねこぉぉぉ!
「……明日から当面の間、在宅にしないか?」
「そ、その心は?」
「鬱陶し過ぎる」
言わんとしていること、分かりますよ?
でもなぁ。
「会えませんけど、いいのかにゃあ?」
猫め。なぜひっきりなしに出てくるっ!
あれか、今、麻人さんとふたりきりだからかっ?
それとも猫め、麻人さんに甘えているな?
「よくないな」
「それに、会議がいくつか入ってますよね?」
「それは問題ない」
麻人さん、優先順位がおかしいから!
「……ゲーム内でリィナを見つけなければ会えないし、ましてや、いくら鬱陶しくても会社に来なければ莉那に会えない……。待てよ?」
あ、なんか思いついたっぽい!
「莉那、うちに来い」
「拒否しますっ!」
おいおい、ちょっと待ってにゃあ!
麻人さんのプロポーズ? を保留にしてるのに、なんで麻人さんの家に行かないといけないのですか!
「……今の一言で、オレの繊細な心が壊れた」
「鋼の心な人がなにを言ってるのですか」
「責任を取ってもらおう。うちにこい!」
「拒否っ!」
お茶が入ったので、トレイに乗せて麻人さんの席に持っていった。
「熱いですから気をつけてくださいね」
「やり直し!」
「え?」
「にゃあ付けろ!」
麻人さん、知ってたけど残念ですね。
「……猫舌なので、熱いのを気を付けるにゃあ」
「分かった」
結局、あの考えていたセリフを言ってしまったよ。
しかし、これであからさまにご機嫌になったのでよいとしよう。
「うちに来るのは嫌、在宅も嫌、となると、出勤するしかないのか」
「あの、麻人さん」
「なんだ?」
「実は昨日、帰る間際に前にいた部署から悲鳴交じりのヘルプメールが来たのですよ」
「オレのところにもCCで来ていたな」
終業間近に出してくるとか、なにこの嫌がらせ、と思って昨日はスルーしたのだけど、さすがに無視はまずいだろう。そんなことしたら社会人として失格よね。
「莉那は有能なんだな」
「そんなことはないですよ」
気がついたら細々とした業務を色々と乗っけられていたので私が抜けたら困るのは分かっていたけど、自称・できる男の空気読めないくんにやらせればいいのでは?
と思ったのだけど、どうなんでしょうね?
「あぁ、そうだ。昨日の帰りに絡んできた男がいただろう?」
「空気読めないくん?」
「空気読めないくん……。変わった名前だな」
「ちょっ? そ、それ、本気で言ってます?」
「違うのか?」
「いつもあんな感じでことあるごとに突っかかってくるのですよ。ウザイし、的外れだし、周り見てなくて空気読めないし、名前忘れたので空気読めないくん」
「最適なあだ名だが、莉那がつけたのなら、嫉妬するな」
「え、空気読めないくんとか呼ばれたいのですか?」
「いや、そうではなくて」
「?」
ここには私と麻人さんしかいないので、ツッコミをする人が不在だ。
だれか麻人さんの言ってること、通訳してくださいっ!
「……あの男なら、昨日付で解雇されている」
「はいっ? か、解雇? 自分では超仕事が出来ると勘違いしてましたけども、実際は勝手な判断をして周りに迷惑をかけまくりな仕事が出来ない人でしたけど、解雇されるようなこと、やってたんですか?」
「やっていた。恐喝、暴力、横領などだ」
「ぉ、ぉぅ」
恐喝、暴力も問題外だが、横領って。
前の部署、いろんな請求書の支払いもしていたから、やろうと思えば出来るけど、チェックが何重にも入るから、難しいのよね。そのために恐喝、暴力だったのかしら?
「前からマークされていて、調査はされていたみたいだな。昨日のアレがキッカケになったようだ」
「さようでございますか」
でもさ、そんな男なら、復讐されそうよね。
「なので、莉那」
「はい」
「会社内でも気をつけろよ」
「ぅ……」
そんな、脅さなくても。
「さて、どうしたものか」
昨日、麻人さんの仕事を手伝って分かったのは、なんでこんなに会議用資料を作っているの? だった。
麻人さんいわく、会議に出るとまず、座る場所で女性が揉めるらしいのだ。どうにか席が決まっても、今度はだれと組むかでこれまた揉めるので、もっぱら資料づくりの裏方に専念することにしたらしい。
『言葉の殴り合い』というパワーワードに麻人さんの苦労が垣間見える。
「見た目良くて、頭もよくて、家柄もよくてとなると、大変ですね」
「……………………」
さすがにコメントしづらいのか。
さて、と。
仕事にとりかかりましょうかね!




