第六十七話*猫は3Dで動くにゃん☆
朝である。
めちゃくちゃ早くに目が覚めた。
なので麻人さんが迎えに来る前に会社に行こうとしたのだけど、その前に強敵がいた。
母である。
「あら、莉那ちゃん?」
「は、はい?」
「麻人くんがお迎えに来るのよね?」
あ、麻人くん!
「そ、そうらしいですけど」
「ど? なに?」
「う……」
母がギロリとにらんできた。
美人がにらむとむちゃ怖いのですが!
「莉那ちゃん、麻人くんのどこが気に入らないの?」
「ぅ?」
「莉那ちゃんが戸惑うのも分からないでもないのよ? 依里さんのおうち、ちょっと変わってるから」
母よ、ちょっとどころかかなり変わっていると思うのですが!
「あの、依里さんとは幼なじみと聞いたんだけど」
「そうよ。やはりわたしの父……あなたから見たらおじいちゃんね、と依里さんのお父さまと仲がよかったの」
な、なんと! 変なところで結びついてるのね。
「依里さん、あんな感じだからお友だちがいなかったようなのよ」
「ぉ、ぉぅ?」
「だからね、仕方なく遊んであげてたの」
ここでまさかの上から目線!
「依里さんとは大人になってもたまに遊んであげていたの。そうしたらある日、穂希さんを拾ってきたって言うのよ。もー、おかしくって」
母が一番おかしいと思うのはなんでだろう。
「穂希さんを初めて見たとき、身体に震えが走ったの。それで、あ、この人だなって」
さようでございますか。としか言えない。
「わたしからプロポーズして、結婚したのよ」
母、強し。
「そのあとに依里さんは杏珠と出会って即結婚だったわね」
麻人さんの母の名は杏珠というのか。
「依里さんに穂希さんというお友だちができたから、わたしはもう依里さんとは遊ばなくなったのよね」
「あの、つかぬことをおうかがいしますが」
「なにかしら?」
「母は依里さんとなにして遊んでたの?」
「ゲームよ」
「ゲームっ?」
「カーレースで対戦したり、RPGでは依里さんの下手なプレイに突っ込む役割だったわね」
な、なるほど。麻人さんのゲーム好きは依里さん遺伝なのか。
「麻人くん、見た目は依里さんにとてもよく似てるけど、中身は杏珠なのよねぇ」
杏珠さんに会ったことがないのでどんな人か分からないけど、変わっているのは間違いなさそうだ。
「依里さんは杏珠のこと、とても大切にしていたわ。それはもう、見てるこちらが恥ずかしくなるくらいだったわ」
「過去形?」
「えぇ。杏珠は身体が弱かったみたいでね。の割には三人も子どもを産んだのには驚いたわ。で、杏珠だけど、残念なことに十年前に亡くなってるの」
亡くなっているのか……。
「杏珠が亡くなったとき、依里さんは見ていられないくらい落ち込んじゃって、穂希さんが支えてあげたから、どうにか復活できたみたいなのよね。わたしでは無理だったから、穂希さんがいて良かったって思ったの」
あんな父でも役に立ったのね。
「麻人くんが莉那ちゃんを見る目が杏珠みたいで、懐かしく思ったわ」
麻人さんに母性(?)を見た母……。
「杏珠の望みを叶えてあげたいし」
「望みって?」
「うちの子どもと杏珠の子どもが結ばれること、かな? でも、結ばれなくても、好きな人と結ばれる幸せを知ってほしいって」
どうしてだろう、母から語られた杏珠さんの望みは、私の心に深く突き刺さり、涙が溢れてきた。
「あらあら、莉那ちゃんったら」
母の苦笑した声に必死に涙を止めようとしたのだけど、それは止まるどころかますますあふれてくる。
そうしているとインターホンが鳴った。
うげ、来てしまった……!
母はパタパタと軽やかにスリッパを鳴らして玄関に向かっていた。
こ、この隙に泣き止まなければ。
焦れば焦るほど、涙が止まらなくてパニックに陥っていると、麻人さんを連れた母が戻ってきた。
「おはよう。って、なにを泣いてるんだ、オレの大好きな莉那?」
うわぁ、朝からなに甘ったるい言葉を吐いてるの、この人。
すると、不思議なことに涙が引っ込んだ。
お、恐るべし、麻人さん!
「うんうん、さすがね。あ、麻人くん、あなたと莉那のお弁当を作ったから、お昼に食べてね」
「ありがとう」
母は見慣れた私のお弁当箱ともう一つは楓真のお弁当箱を麻人さんに渡していた。
「車の中でも泣けるから、問題ないな」
「……問題ある、ないではなくてですね」
「莉那の荷物は?」
「それなら玄関に置いてあるわ」
「では、行くか」
麻人さんはさりげなく私にハンカチを渡すと、チラリと私を見てから歩き出した。
とそこで違和感というか、違いを見つけた。
ゲーム内だったら確実に抱きついてきているところだけど、こちらではそれがない。そればかりか、肩を掴んだときもすぐに手を離していた。
この違いの差は?
分からないけど、キースと麻人さんが同一人物というのだけは確実だ。
悩みつつ、渡されたハンカチで涙を拭い、促されるままに外に出たのだけど。
あれ? そういえば私、麻人さんが来る前に家を出ようと思ったのにっ! 母にしてやられた……っ!
カバンは麻人さんに人質のごとく持たれている。
くぅ、母と麻人さん、結託しやがって……!
しょんぼりと肩を落として後部座席の運転席の後ろに乗ると、麻人さんが隣に座った。
「おはよう、莉那」
「……オハヨウゴザイマス」
微笑んでこちらを見ているさまは、やはり愛玩動物を見ているようにみえる。
「……私、犬や猫じゃないにゃあ」
……猫! かぶってる猫っ! なんでそこで「にゃあ」なのよっ!
「それは知ってる」
「では、なぜ愛玩動物を見るような視線でっ」
「愛しさが溢れている」
……えと? ゲーム内では過剰な接触作戦、こちらでは言葉責め作戦ですかっ?
そんな作戦は要りませんって!
「昨日の夜、陽茉莉がうちに来て夜中まで説教された」
「はぁ」
「ゲーム内でくっつきすぎと怒られたが、そこは譲れん」
「いや、譲れっ! むしろ距離感おかしいからっ!」
「だが、嫌がってないように見えるが?」
「あのね……」
もう、なんといえばいいのですか?
……嫌ではないのですよ。恥ずかしいだけで。
「なんて言うと思ったかにゃあ!」
「なんだ?」
「……いえ、なんでもございませんにゃあ。……いったい、私は何匹の猫をかぶっているのですかね?」
「はがれ落ちた端からまたかぶってるんじゃないか?」
「な、なるほど?」
猫だよね?
かぶってる猫を可視化したら、すごいことになってない? 私の足下には死体が埋まっているのではなく、はがれた猫がごろにゃ~ん☆
うん、萌える!
猫はあんまりモフモフではないけど、萌えっ!
……いかん、いかん。
麻人さんといると、油断してるというか、気が緩む。
目指せ! クールビューティなのだ……
「にゃあ」
……猫っ! 猫さん、自重してっ! 重たい、肩凝ったなんて言わないから、きちんと乗っててっ!
「その『にゃあ』、かわいすぎて辛いんだが」
「かわいいは正義ですけど、私はクールさを目指してるので却下で!」
キリッと返すと、かなり残念そうな顔を向けられた。
そんな表情をされても、ですね!
そもそも、私にかわいいは似合わないと思うのですよ!
それはともかく、仕事中は気を張っておかねば。
麻人さんならすでにバレてるからいいけど、他の人の前ではイメージを崩さないようにしなければ。
そうしなければ、「あいつ、頭がおかしいのと一緒に仕事してるらしいぞ」「きっもー」なんて言われたら……。立ち直れ……?
あれ? もしかしなくても、そう思われたほうが私たちには好都合?
「莉那」
「あいにゃ! …………」
「た、たのむから、オレを萌え死にさせるな」
「萌え萌えだにゃん☆」
「やはり今日は家に持ち帰るか」
「わーっ! ダメです! というか、アウトっ!」
朝からテンションがおかしいのは、フィニメモでキースにかくれんぼを提案したせいで一緒にいられる時間が短くなったからか。
ドゥオと一緒だからまだそんなに淋しいと思わないけど、ふとした瞬間にキースが忍び込んでくるのよね。なんというか、えぐりこんでくるというか。
うん、私、麻人さんのこと、好きなんだわ。
でもね。
好きと告げた瞬間から、自由が奪われてしまうというか。
たとえばだけど、土曜日のお昼過ぎにふらっと思いついて、気まぐれに電車に乗ってどこかに行く、なんてことができなくなるわけですよ。
……やったことないけどね!
麻人さんとこの先もずっと一緒にいたい。
そう思うけど、思う分と同じくらい、自由も捨てがたい。
多少の不自由があっても好きな人と一緒にいられるのならいいじゃないか、と言われそうだけど、そういう問題ではないのよね。
麻人さんが私と結婚することで自由になれるというのならすぐに承諾するのだけど、逆だもの。
自由を知っているからこそ、つらい。
──だけど。
こうして何気ない会話をしていると、楽しくて仕方がない。
「……莉那をどうやって持ち帰るか」
「声に出して言わなくてもいいですっ! いや、それを考えるのは禁止の方向で!」
麻人さんの気持ち、痛いほど分かるけど、今、私たち、フィニメモでかくれんぼをしている仲なんですからね?
そこを忘れないでくださいっ!




