第六十六話*《五日目》家出は計画的に☆
パッションのまま飛び出してきたリィナリティですが、みなさまにおかれましては無計画な家出は止めましょうね☆
……自分で言っておいてなんだけど、衝動的にやらかしたのは、まさしく家出っ!
ドゥオが着いてきてくれているけど、家出っ!(三回目)
「で、ここ、どこ?」
ドゥオと手を繋いで洗浄屋の応接室の扉をくぐってきたのだけど、私が知っているのは世界樹の村の一部と畑と村近くのフィールドのみっ!
まったく見覚えがありません!
「地図」
「あ、そ、そうね!」
ドゥオは相変わらず端的だ。
ちなみに今は夜である。
そして、私がいるところはどこかの村。
いやぁ、考えなしにとびこんだけど、着いたところがセーフゾーンでよかった……!
下手したら超強い敵の目の前だった、なんてあり得そうだからね!
あ、動画を撮ってるんだけど、これも私の旅の記録なのでいいとして、楓真に送るのはどうしよう。
えーっと? 今が二十二時過ぎ。イギリスは十四時か。
あ、でも路上でログアウトするのはよくないのよね。
自分がいるところと、宿屋を探すためにマップを開く。
……………………。
「な、なんか見間違えたかしら?」
「見間違えではない」
えっと?
心を落ち着けて見る。
私が今いる場所はシルヴァの村。
そこはいいのよ。
でもね、マップの端にですね、世界樹の村が見えているのですよ!
な、なにこの短距離家出っ!
「システムに自重しろと言われてる」
「くっ……!」
なんてこったい!
なんだよ、なんだよ! システムのヤツ、共謀してユーザークエストなんてのをやらかしてくれたのに、なんなのこの、過保護な対応!
「さすが安定のやらかしの女神」
「くぅ……」
「とりあえず、宿」
「心当たりはあるの?」
「ない」
「…………。おっ、オッケー」
村には私たちプレイヤー向けの宿屋が何軒かあるみたいなんだけど、こんな遅い時間だけど受け入れてくれるのかしら?
「そうだ、ドゥオ」
「なに?」
「私がいない間はどうしてる?」
「適当に過ごすから気にしないで」
それでは、そこは気にしない方向で。
私は初日から拠点を手に入れてしまったのだけど、本来ならば村に無数にある宿屋に泊まってログアウトをするのが基本だ。
とはいえ、極端な話をすれば、セーフゾーンならばどこでログアウトしても問題ない。
宿屋でベッドに横になり、背中がしっかりと布団についた状態──いわゆる仰向け──であれば自動的にログアウトになる。
そうでない場合はシステムメニューからログアウトを選ぶことでもいいみたい。
それで、宿屋なんだけど。
マップには何軒かの宿屋があるのだけど、それのどこも満室のようだ。
これ、明らかにプレイヤー数と宿屋の部屋数のバランスがとれてないよね?
いや、そもそもがこんな遅い時間に到着した私が悪いといえば悪い。
家出は計画的に☆
「ドゥオさん、ドゥオさん」
「却下」
「まだなにも言ってないのにっ!」
「ここでのログアウトはダメ、絶対」
ばれてら。
「じゃあ、どうするのよ!」
「諦めない」
諦めないって、なんでここで根性論的なものが出てくるのよ。探して出てくるのなら探しますけどね?
「夜通し次の村」
「却下っ!」
「じゃあ、世界樹の村に戻る」
「却下、却下っ!」
なんのためにキースに啖呵切って出てきたのよ。宿屋がなかったから戻ってきました! なんて、超かっこ悪い!
「時には諦めも肝心」
「ドゥオさん、どっちなのっ?」
「帰るのを推奨」
「ドゥオがそんな軟弱とは思わなかった!」
「軟弱ではない、現実を見つめているだけ」
次から次へとドゥオ迷言が繰り出されているような気がする。
というか、打てば響く感じがキースみたいで面白い。
キース、か。
「はぁ」
「急にテンション下がった」
「ねぇ、ドゥオ。キースの言ったこと、素直に受け入れたほうがいいのかな?」
「それはリィナが考えること」
「そうなんだけどね」
ドゥオの言うとおりなんだけど!
「私たちはどっちでも一緒」
「? どういう?」
「でも、私は楽しいほうがいいと思う。だから、リィナはずっとキースといるのがいい。キースはむかつくけど」
「ぷはっ! ドゥオ、最後のは要らないわ」
「でも、今はリィナと二人でいられるから、キースに感謝」
ドゥオって端的すぎて分かりにくいのよね。
でも、私と一緒にいるのを喜んでくれているみたいだから、いいってことにする!
ちなみに、そこそこな時間なのですが、周りにはプレイヤーはいる。
私たちは路上の端だけど止まって身の振り方を考えているのだけど、だれもこちらに目を向けてこない。
キースあるいは麻人さんといると常に視線にさらされているから、ようやく周りを気にせずに息が出来ているような気がする。
「ねぇ、リィナ」
「ん、なに?」
「リィナもずっと、ここにいようよ」
「……え? ドゥオさん?」
「現実に戻らなくていいよ」
「そ、そういうわけには」
「知ってる。それに、そんなの無理」
ドゥオは私の葛藤を形にしようとしてくれているのかしら?
「でも、そのうちずっと一緒にいられるようになる」
ドゥオはそう言って笑った。
「リィナ」
「うん?」
「宿屋、ひとつだけ部屋が空いてる」
「ほんとっ?」
「こっち。行ってみよ」
そう言って、ドゥオも当たり前のように私の手を握ると歩き出した。
キースのように熱い手ではなかったけど、本当にNPCなのだろうかと悩んでしまう温もりがあった。
結局のところ。
ここはゲーム内で、ありとあらゆるものがゼロとイチの組み合わせだけど、私たちは現実ではないと分かっていても、その情報を受け取っている。
現実ってなんだろうね?
◇
ドゥオが見つけてくれたのは、かなり寂れている場所にある古い宿屋だった。夜ということもあり、怖さ満点。
だけどドゥオは気にしないでズカズカと進んでいくので、仕方なくついていく。
宿屋の入口の扉は傾いていたけれど、押して開ければきぃ……と、これまた不安を煽る音がする。
中へ入ると扉はパタンと閉まった。
あちゃ、これ、出られない系?
「家出娘に貸す部屋はないよ」
閉まった扉を呆然と見ていると、そんな声が聞こえてきた。
「違う。家出人妻一歩手前」
「ぶはっ! ドゥオ! な、なにをっ!」
「でも、事実」
「と、ところで、一歩手前はどっちにかかるの? どちらにも?」
「人妻」
ドゥオさん、破壊力! 破壊力が半端ない!
「人妻一歩手前なら、問題なしっ!」
「なしなのかよっ!」
「自己責任」
はぁ、もう……なんというか、この世界のNPC、実はおかしくない?
ちなみに、この宿屋のカウンターというか受付をしているのは、クイさんみたいな人間のおばちゃんNPC。
もしかしなくても、人間のおばちゃんNPCって個性が強めなのかしら?
……というより、個性的ではないNPCに会ったことがない!
みんな、キャラが濃いわ……。
そして、肝心な宿代ですが、一回百アウレウム。五回まで百アウレウムらしい。
「……なんで一晩ではなくて一回?」
「一晩で帰ってこない人もいるから」
「五回まで百アウレウムということは、六回目から高くなるの?」
「違う。一回から五回まで同じ値段」
「え、それなら五回のがお得じゃないっ?」
「では、五回百アウレウムの回数券だよ、毎度あり」
百アウレウムと引き換えに渡されたのは、五枚綴りの回数券。
「今日はどうする?」
「泊まります」
「では、その回数券、ひとり一枚」
「一緒の部屋にしても?」
「あぁ、一緒でも別でも、ひとり一枚だよ」
二枚渡して、ドゥオと同室にしてもらった。
……ん?
「なんかおかしくない?」
指定された部屋に行くと、シングルベッドがふたつある部屋だった。
「だって、この村の宿屋、どこも満室だったよね?」
「そう」
「で、ここの宿屋はひとつだけ空いていたのよね?」
「そう」
「でもさっき、一緒でも別でもって」
「言ってた」
「おかしくない?」
「どこが?」
「……え?」
「部屋なんて、いくつでも増やせるし減らせる」
「な、なら、なんで宿屋は満室なの?」
「システムのやらかし?」
な、なんかよく分かんないけど、とりあえずログアウトする場所は確保した。
「では、ログアウトするね。また明日ね、ドゥオ」
「待ってる」




