第六十三話*人生、詰んだ
私の一言に、キースこと麻人さんはニヤニヤと私を見た後、思いっきり頭を撫でてきた。
「正解だ」
「ぅぅぅ、屈辱」
「なんでだ?」
「莉那のクールビューティ計画が台無しに」
「なんだそれは」
「猫を何重にもかぶってたのに」
「おい、答えになってない」
「……そのまんまですよ! 淡々とした女子を演じれば、いつも一人でいても不自然ではないし、飲み会も女子会のお誘いも回避できるじゃないですか!」
「そんなに嫌なのか」
「嫌ですよ! 毎回毎回っ! 楓真の手を煩わせることになりますし! そのせいで何度、楓真と彼女が駄目になったのか」
「あれは重度のシスコンだ。彼女より姉をはるかに優先する」
姉としては、早いところ楓真には姉離れをしてほしかったのよね。私もいつまでも楓真に頼っていられないし。
そんな話をしていたら、家に着いたようだ。
「送っていただき、ありがとうございます。それでは、またあ……」
「待て」
「な、なんですか!」
「明日の朝、迎えに来る」
「……はいっ? あの、運転手さん、麻人さんがこんな馬鹿なことを言ってますけど、いいんですか?」
「問題ございません」
「いやそこ、断って! 私は激しく断りたい!」
「それは無理なお話かと」
おおおおいっ! 運転手さんは麻人さんの味方なのかっ!
「ここにはだれも私の味方がいない」
「諦めろ。本当はうちに連れ帰りたいくらいなんだからな」
「謹んで遠慮いたしますっ!」
「遠慮することはない」
ゲーム内でも思ってたけど、強引すぎるよ!
「ところで」
「はい?」
「ご両親は家にいるのか?」
「……う、父ぃぃぃ! 今日、在宅ぅぅぅ!」
父よ、会社に行けよぉぉぉ!
はっ!
いないって言えばバレなかったのに! つい素直に!
キース……いや、麻人さん、……ど、どっちでもいいんだけど、猫がはがれまくる!
なに、この人、怖すぎる!
「では、挨拶に行くか」
「な、なんの挨拶ですか」
「結婚の」
「楓真とですか?」
「この期におよんでまだすっとぼけるのか」
「麻人さん、冷静になってくださいよ? リアルで会ったの、今日の朝ですよ?」
「その前に何度か仕事で話してるだろう」
「それはカウントに入りません!」
「なんでだ?」
「だって麻人さん、私のこと、モブその八〇一くらいの認識でしかなかったですよね?」
「なんだ、そのモブその八〇一とは」
「そのままですよ。そこら辺にいる一般民その八〇一です」
「どこから出てきた、その八〇一という数字は」
「八〇一からですっ!」
「まだそこから抜け出てないのかよっ!」
「やだなぁ、キースさん……違った、麻人さん。やおいがなにか知ってるなんて。さては玄人ですね?」
「一般常識だっ!」
……いつからやおいが一般常識になったのか分からないけど、そろそろ現実を見よう。
「挨拶してもいいですけど、私がお断りすることはないという前提で話が進んでいるように見受けられますが」
「断るのか?」
「積極的に受ける理由も、断る理由もないので、保留で」
「上からだな」
「どちらがですか?」
「……オレはこんなに莉那のことが好きなのに」
「っ!」
え、な、なんで私、ドクンって胸を高鳴らせてるのですかっ?
あの残念なキースだよ?
普段は抑揚のないしゃべり方をしていて、仮面をつけてるような無表情な麻人さんだよ?
……ゲーム内と現実が混ざってるかもだけど、私からすればどちらも麻人さんなわけで。
「麻人さん、確認ですが」
「なんだ?」
「もう一人の『アオノ』さんですけど、まさか、私に名前を呼ばせようとして」
「オレのこと、良く分かってるじゃないか」
「うわぁぁぁ! 無駄に権力を使ってる!」
「使えるものはなんでも使うっ!」
あぁ、あっさりと白状するなんて、やっぱり残念だ!
……べつにですね、ダメンズが好きなわけではないですよ?
でもね、なんかその、悔しいことに惹かれているわけですよ! 表だっては意地でも認めないけどっ!
「分かったら、挨拶!」
……うぅ、無駄な抵抗だったのですね。
ということで、仕方がなく私は麻人さんとともに家へ。
家に入ると、母が迎えに出てきてくれたのだけど、麻人さんを見て、「あらぁ」と言って、そのままくるりと回ると戻っていった。
母よ、知っていたけどあなたもフリーダムよね。
「莉那に似てるな」
「初めて言われた」
パーツは母に似てるかもだけど、なんだか平民顔なのよね。地味? といえばいいのだろうか。
母が回れ右をして中へ戻ったので、仕方なく麻人さんをダイニングへ連れて行った。
応接間はあるのだけど、父の書斎になっていて、中は仕事道具と趣味のものがたくさん置いてある部屋になっている。そして今日はそこで仕事をしているはずだ。
麻人さんは物珍しそうにキョロキョロしている。
とそこへ、父がだれかとともにやって来た。
「莉那、母さんが慌てて飛んできたけど」
「……なんでここに親父がいるんだ?」
え? うちの父が麻人さんの父っ?
んなまさかっ?
目線で父に問うと、ふるふると首を振られ、その勢いのまま首をぐるりと回した。
父、おまえはふくろうだったのかっ!
……というかですね?
父の後ろにだれかいるとは思ったのですが、うわっ、麻人さんにそっくり!
いや、違う。麻人さんが後ろの男性に似てるのか!
「おや、だれかと思ったら麻人くんじゃないか」
「あぁ、アオくんとこの次男くんか。大きくなったねぇ」
…………ん?
「父?」
「なんだい、愛しの莉那ちゃん」
「アオくんて」
「うん、彼。会ったこと」
「ないです! 初めましてですよっ!」
「あっれぇ? おかしいなぁ」
おかしいなぁ、じゃないっ!
「それよりも! なんで座敷わらし一家と知り合いなのよっ!」
「ははっ、なかなか愉快じゃないか」
「でしょう? それにね、そうそう、これ!」
あ、それ! 土曜日に面倒くさがって温めただけのレトルトのスパゲッティ! の写真っ!
「いいなぁ、羨ましい」
「でっしょう?」
ヤバイ、マジでヤバい。むちゃくちゃ程度の低い会話が繰り広げられてるぞ!
「あれはなにを見せてるんだ?」
「……世の中、知らない方がいいことがたくさんあるのですよ」
あとはねー、となにかを見せては「いいなぁ」なんて言ってるけど、どう考えてもろくでもない写真だと断言できるっ!
「リクはかわいい娘に色々作ってもらえて、いいなぁ」
リクってだれよ、と思ったら父のことらしい。
「アオくんとこにもむちゃくちゃかわいい娘ちゃんがいるじゃないか」
「あれはなぁ、おてんばで……。藍野に久しぶりの女の子が産まれたから、可愛がられすぎてね」
娘ちゃんって、マリーちゃんか。
「そうだ! 息子くんとうちの陽茉莉、どうだと思う?」
「楓真かぁ。今、仕事でイギリスに赴任してるんだよね。一年くらい帰って来られないよ?」
「そっかー。じゃ、帰国させよっか!」
「うん、いいんじゃないかな。莉那ちゃんがアオくんところの娘になるのなら、娘ちゃんはうちの子に」
「いいね、いいね!」
おっさんが二人してはしゃいでいる。しかし話している内容はなんというか、本人の意思を完全に無視しているぞ。
「うちの親父は賛成みたいだぞ」
「……あのですね」
「なんだ?」
「あまりにもいきなりすぎて、消化しきれてないというか」
そうこうしていると、いつの間にか復活した母が夕飯だと呼んできた。
「あの、食べていきます?」
「いいのか?」
「いいですよ」
よし、返事を先延ばし作戦、出来たぞ!
アオくんと父はやたらとはしゃいで食べているのだけど、酒が一滴も入らないでこれとは。
麻人さんはというと、こちらはこちらで眉間にシワを寄せ、あちこちの角度から料理を眺め、さらにはスマホで写真を撮り始める始末。
……なんといいますか、色々と先が思いやられるのですが。
「どれも美味いな」
「でしょう?」
いや、私が自慢するところではないんだけど!
でも、母のご飯はとても美味しいと思うのですよ! 次がクイさんです!
「こっちでは作ろうとしても止められるから……フィニメモで作るか」
その呟きをアオくんが情け容赦なく拾ったっ?
「麻人くんは最近、ゲームをよくしてるみたいだけど」
「楓真とやってた。今は莉那としている」
「あれ、麻人くんはうちの楓真のこと、知ってるんだ?」
「高校の時に知り合っ……て? 待て、親父。おまえ、知ってたな?」
「なんのことかなぁ」
「いっつもいっつもしらばっくれやがって!」
「んー。じゃ、ボクもそのゲーム、やろっかな?」
「アオくんがやるなら、ぼくもやるよ!」
やめて! お願いだからやめて!
「却下!」
母の一言に、父だけではなく、なぜかアオくんまでしょんぼりと肩を落とした。
「ったく、いい歳したおっさんが二人の仲を邪魔するんじゃありませんっ!」
「だってぇ、ねぇ?」
「ねぇ?」
……うちの父はともかく、アオくんもなんで父と同じノリなの?
麻人さんを見ると、ため息をついていた。
「表ではシャキッとしてるんだけどな……」
「座敷わらし一族は猫かぶりでもあった、と」
「莉那には負けるが」
えぇ、私も表では猫を何匹もかぶってますよ!
「穂希さん、依里さんっ!」
「はっ、はいっ!」
「はいっ!」
「人の恋路を邪魔するヤツは?」
「……あ、そうだ、なずこさん!」
ちなみに、穂希は父の名、依里さんはアオくん、なずこはうちの母の名だ。
「馬で思い出したけど」
「話をはぐらかすなっ!」
そう言って母は依里さんの頭にチョップを入れていた。
「母、怖いもの知らず?」
「アオくんとなずこさんは幼なじみなんだって」
「な、なんだってぇぇぇっ?」
父の一言に、なんかもう、私の人生、詰んだ。




