第六十二話*目指せ、クールビューティ☆
全力で投げようとする私と、それほど力を入れてなさそうなのに投げられない麻人さん。
……そうか、座敷わらしは誘拐の危険度が高いから、色んな技を身につけさせられてるのね。
投げられないのは納得!
私は素早く腕から手を離して離れようとしたのだけど、麻人さんが上手だった。
肩をつかまれて引き寄せられた。
「うきゃあ!」
「……あぁ、すまん」
肩から手が離れたのでそそくさと離れて距離を取った。
そっ、それにしても!
あ、麻人さん、なんか良い匂いがした!
はっ! これでは私が変な人ではないかっ!
れ、冷静に、冷静に。
莉那、クールビューティよっ!
「失礼いたしました」
「取り繕うの、早いな」
「なんのことでございましょうか」
よし、これからはこのスタイルでいくぞ!
「それでは」
「だから、待てと! 何度言わせればいいんだ」
「自分で帰れますのことですのよ?」
「取り繕いすぎて、変な日本語になってるぞ」
「サヨウデゴザイマスカ、ホホホ」
ゆ、油断ならんな、こいつ。猫がはがれる!
「とにかく、送っていく」
そう言って、麻人さんはものすごい勢いで片付け始めた。
この隙に帰ってもよかったんですけどね?
クルリと振り返ると、ギッシリと人がガラスに張り付いて見ていたのですよ!
な、なにこれ!
リアルホラーはお断りしますっ!
「……暴れすぎたか」
ねえねえ、確かに就業時間は終わりましたよ?
でもね、さすがに「コレ」はないと思うのですよ!
怖いです!
「分かったか?」
「い、痛いほど理解シマシタ」
はしゃぎすぎ、いくない!
取り澄ました顔をして、麻人さんの後ろを気配を殺してついていく。
ものすごい視線を感じたけど、感じない、感じない……と。
そうやってしずしずと歩いていたのですけどね?
本日、二度目の空気読めないくんの登場ですよ!(半ギレ)
「陸松くん」
麻人さんは思いっきりスルーしているから、置いて行かれないようにスルー、と。
するとですね!
なんと!
肩をつかまれそうになったのですよ!
華麗に避けましたが!
「……なにをする」
私がなにか言う前に麻人さんがものっそい低音で脅しているぞ!
「だいたい! おまえ、なんだよ! 陸松くんに目を付けていたのはこっちが先だぞ!」
な、なんの話?
「それで?」
「なにが座敷わらしだ! 時代遅れの妖怪なんて、消えろっ!」
あっちゃあ。
さ、さすがは空気読めないくん、言っちゃった。
「妖怪だろうが人間だろうが、消えろだなんてひどい言いようだな」
あ、これ、ヤバイやつだ。
うーん、でもなぁ。止める義理もないんだよね。空気読めないくんにはかなり腹が立っていたからね。
親分! この際、ぎったんぎったんにやっちまってくだせぇ! と言いたい!
はい、すみません。私も人でなしですな。
色んな噂が流れているわけですよ。
座敷わらしを敵にしたら身が滅ぶだとか、とんでもない負債を背負わされたとか。
それはまぁ、後付けだとしても、麻人さんたち一族はそんな役割を担わされているわけですよ。
社会の均衡を保つため?
そのために一つの血族が犠牲になってもいい、か。
なんだかもう、やるせない。
そんなことを考えている横で、空気読めないくんが激昂していた。
「あとからポッと出てきて、権力を振り回さないと陸松くんを横取りできないおまえなんか!」
「ほう? オレの伴侶を手に入れる、だと?」
はんりょ?
半分虜囚の略語ですか? いやそれでも意味が分からないのですけどね?
麻人さんの発言に、周りの人たちがむちゃくちゃざわめきだしたのですけど? え、なにごと?
聞き耳を立ててみると、人身御供だとか生贄だとかなんか不穏な単語が聞こえてくるのですが、やはりそうなのか。
座敷わらしに人身御供で差し出されたのか、なるほど、なるほど。
……って!
座敷わらしはそんなものは欲しがらないぞっ!
おまえら、もっと妖怪のことを、特に座敷わらしについて学んでこいやっ!
「いいか、よく聞け。莉那になにかしたら、一族郎党、未来がないと思え、末代まで追いかけて破滅させてやる。まぁ、末代まで続けば、だけどな?」
あの、麻人さん、あなた、悪役顔でなんですか、その脅し!
いや、それよりもだ!
なんでナチュラルに莉那とか言ってるのですか!
「行くぞ、莉那」
あ、なんか分からないけど、そういう方向で護ってくれるのですね、分かりました。
「はい、麻人さん」
てってってっと横に歩いていき、麻人さんが歩き出したのを確認して、歩き出した。
「覚えていろよ」
なんて空気読めないくんは言っていたけど、ほんとに名前、なんでした?
麻人さんについていくと、地下の駐車場へ。
自家用車で通勤ですか。
まぁ、あの様子だと、公共機関を使ったらとんでもないことになりそうだもんね、分かります。
「ほれ、乗れ」
後部座席のドアを開けてくれたので、仕方がなく乗り込んだ。
やはり助手席とならないところをみると、先ほどの「はんりょ」発言は「伴侶」ではなく「半虜」なのね。
それにしても、いつから座敷わらしに生贄が必要になったのかしら?
と思っていたらですね!
「陸松、もっと奥にいけ」
「あれ? 麻人さんが運転」
「させてもらえるわけないだろうが」
うん?
運転できない、でもなく、しない、でもなく、させてくれない?
言われるままに奥につめると、隣に麻人さんが乗ってきた。
ぅわぉ! なんか近いよ、近いですよ!
「先に陸松を家に送ってくれ」
「かしこまりました」
うーん?
「あれ、家の場所」
「知っている」
「な、なぜっ?」
麻人さんは私の質問に答えず、こちらに顔を向けてきた。
気のせいか、顔が赤くない?
「あの、麻人さん、調子が悪い?」
「……あのな」
盛大なため息のあと、麻人さんは両手で顔を覆った。
「……やってしまった」
「大丈夫ですよ! あれくらいなら!」
「本人に言うより先に周りに宣言するとは、オレとしたことが」
ん?
あれ、なんかかみ合ってない?
「あの、麻人さん? なんの、話?」
私の問いに麻人さんはぎぎぎと音を立てそうな感じで顔をあげた。
「さっきの聞いていただろう?」
「はんりょ?」
「それだ」
「ところで」
「なんだ」
「いつから座敷わらしに生贄が必要になったのですか?」
私の質問に、麻人さんは固まった。
「……知っていたが、ここまでとぼけられるとどこから説明すればいいのか分からなくなるな」
「とぼけてませんけど?」
クイさんじゃないんだか……ら?
「……え?」
「なんだ、言ってみろ」
「いやいやいやいや、座敷わらしがVRゲームをするなんて聞いたことないし」
「オレのこと、どこまでも妖怪扱いにしたいみたいだな?」
「いやー、人間ではあり得ないですよ、私でさえイケメンだって思う見た目だと」
「ほう?」
「あ、今のは失言です! 聞かなか……ったことには、してくれない、と」
うぅぅ、だ、だってですよ?
「それで?」
「そ、それでってなんですかっ!」
「答えを聞こうか?」
「あの、どちらの答えですか?」
「どちらもだっ!」
うぅ、この声、明らかに明らかですよ。
私もなんで既視感があると思いながらこの答えにたどり着かなかったのか。
見た目だって、髪型と色が違うけど、明らかに一緒じゃないですか!
なんで気がつかないのよ、私っ!
鈍いって言われても仕方がない……。
「まず、オレのこと、どこまで認識している?」
「えと? 麻人さん」
「この段階になってもまだすっとぼけるのかっ?」
「……いや、そのですね! 今日一日、こいつ、鈍すぎね? いつ気がつくんだよってニヤニヤ観察されていたかと思うとですね! 穴を掘ってかくれたいくらい恥ずかしい……! 私は何度、恥ずか死しなければならないんですかっ!」
「それくらいの認識はあるんだな?」
「そ、それにしても! 楓真も酷い!」
「まぁ、楓真だしな」
「……やっぱり弟の楓真を知ってるんですね」
「確認かよっ!」
「そうですよ! この期におよんで間違ってたら超恥ずかしいじゃないですか! 明日から会社に行けませんよ!」
「今はいいのかよ!」
「いいんですよ! まだ私、答えを口にしてませんからっ!」
もう、なんなの。
さっきまでの取り澄ました顔なんてどっかにいった麻人さんは……。
「あまりにもあんまりですよ、キースさんっ!」




