第五十九話*【キース視点】世界の意識、とは?
オレもあまり人のことをいえた立場ではないのだろうが、リィナはフィニメモをとても楽しんでいて、ありのままの自分でプレイしている。
ゲームだからリアルのしがらみなんて捨てて遊べばいいのだろうが、VRはリアルとの差が既存のゲームに比べれば少なく、シームレスだ。
見た目をいじれば違ったのかもだが、別に今の見た目が嫌いではない。それをどうやっていじれというのだ?
リアルではそれでも『家名』のおかげでかなり抑止されている部分があると、フィニメモをやってから分かった。
ゲーム内では、リアルは分からない。
本人が公表しても、それはあくまでも「自称」になる。
だからこそ、しがらみから逃れられるはずなのに……。
リアルよりひどいというのはどういうことなのか。
だからこそ、リィナの自由なプレイに憧れたのもある。
あとはリィナのそばにいると、落ち着く。楓真にも同じように感じることがあるのだが、リィナだとそれ以上だった。
ということは、だ。
なにか理由をつけて、リアルでもそばに呼べばいいのでは?
悲しいことに、オレにはそれができる。いや、オレの力というよりは、あくまでも『家名』のおかげであるのだが。
そう思ったらいてもたってもいられずに、実行に移していた。
◆
手はずを整えてフィニメモに戻ると、ブラウニーだというラウに呼ばれた。
抱っこをせがまれ、部屋の端へ。
なんの話かと思えば、オレにしてみればすでに当然の話で、改めてしかもこそこそ話す内容ではないと思ったのだが、ラウにしてみればそれどころではなかったようだ。
「リィナを護って欲しい、とは?」
『言葉のままでち』
「それなら、クイさんからも依頼されているぞ」
『それは承知のうえでち』
「なにが違うというのだ?」
『あたちからも別で依頼でち』
そうしてラウから提示されたのは、内容がモロ被りのユニーククエストだった。
「おいおい、なんだこのユニーククエストの大盤振る舞いは」
『あんたは分かってないでちね』
「なにをだ?」
『それはゲーム内だけではなく、現実世界もひっくるめてでち』
なんだそれは。
というかだ、ゲーム内のクエストなのに、現実世界にまで影響があるって、フィニメモはなんだというのだ?
『リィナリティには今、死なれると困るのでち』
「ぉ、ぉぅ?」
『癪だけど、頼めるのはあんたしかいないでち』
「……どこまで把握している?」
『あたちたちはあんたたちの言葉で言えば、NPCというヤツでち。でも、ただのNPCではないでち。この世界が……うむ、えーあいとかいうのがあたちたちに世界を教えてくれるのでち』
ということは、こいつらはオレさえも知らないオレの家のことも把握している可能性があるということか。
AIが本気になれば世界征服も容易そうだな。AIに支配される未来。
恐ろしいが、あり得るのか。
ん、待てよ?
「まさか」
『心配は要らないでち。えーあいは色々なことを知っているかもだけど、まだそこまで至っていないでち』
「だが、その可能性もあり、その実験場がここ、か?」
『話が早いでち』
ウーヌスが言っていたのは、こういうことを含めてなのか?
『なぜにリィナリティが選ばれたのか。それはキースに一番の責任があるでちよ』
「オレか?」
『そして、マリーにもでち』
「……仕方がなかろう。オレたち血族とラウは世界が違えど、同じ役割を担わされているのだから」
『……そうでちね』
それにしても、なぜ楓真……フーマではなく、リィナなのか。
やはりフーマが正式版になっていないからか?
『フーマではなく、世界はリィナリティを選んだでち』
「ここにフーマがいてもか?」
『そうでち』
やはりリィナを近くに呼び寄せるという選択肢は間違っていなかったようだ。
「言われなくても、すでに手はずは整えてきた」
『早いでちね。あたちも微力ながら、陰から支えるでち』
そうしてオレとラウは固く握手をした。
これでラウからのユニーククエストを承諾したことになった。
それにしても。
どうしてリィナがキーになってしまったのだろうか。
ラウ曰く、オレのせいらしいのだが、世界はまだ、オレたち一族を必要としているということか?
なんとも不思議な感じだ。
ラウを抱えてリィナのところに戻ると、今度はオルまで抱っこをせがんできた。
右にラウ、左にオルを乗せると、二人はキャッキャと笑ってご機嫌に。
うむ、分からん。
二人はオレで存分に遊んだ後、飯も食わずに寝る時間とかで帰っていった。
そういえばラウから特に口止めはされてない。
全部は話せないまでも、ラウから出されたユニーククエストを受けたというのは伝えておいたほうがよさそうだ。
もちろん、リアルでも護るように言われたのは言わないで、だが。
ようやく両腕が空いたので、すかさずリィナの背後から抱きしめる。リィナは最初は身体を強張らせていたけれど、諦めたのか、オレを受け入れてくれていた。
「先ほど、ラウから呼ばれたのは、ラウからもリィナを護ってほしいと用心の二段重ねといわんばかりにユニーククエストを出された」
「ふはっ? キースさんもまたもややらかしですかっ?」
「またもやってなんだ。オレが他になにをやった?」
「野菜と結託して私をいじめたりとか、勝手に称号をつけてシステムにまで認定させたとか!」
「全部リィナがらみだから、最終的にはやらかしの女神のせいだ!」
「そもそもなんですか、その女神って! 超恥ずかしいじゃないですか!」
「恥ずかしくないぞ。フーマも臆面もなくリィナを女神と言っているし」
「フーマは……なんと申しますか、あれは手遅れです」
手遅れ……。
いや、そうなんだが、実の弟にそこまで言うか?
「うちの家系、男子には呪いがかかっているとしか思えない言動をすることで有名でして」
「あぁ、好意を抱いた女性に対して聞いているこちらが恥ずかしくなるようなことをやっちまう呪い、か」
「それです。姉の私にまでするので、本当に恐ろしい呪いです」
好意を抱いている女性全般ということは、家族だろうが他人だろうが関係ないということか。
「オレも同じようにすればいいか?」
「止めてください!」
真っ赤になって止めるリィナはとてもかわいい。
楓真がこの姉を溺愛したくなりそうになる気持ちは良く分かる。だけど血の繋がった姉だから、女神と呼称することでその気持ちにブレーキをかけているのだろう。
それではオレはマリー……陽茉莉に対してどう思っているか?
たまに同族嫌悪的に憎々しく思うことはあるけど、基本はかわいい妹だと思っている。
陽茉莉も曲がりなりにも血族なので、変な男に騙されて利用されるなんてことはないと思うが、万が一そんなことになるくらいなら、楓真がいいと思っている。
端から見ていても二人は想い合ってはいるが、楓真が気持ちにかなりブレーキをかけているのが良く分かる。
ただ、楓真の言動から、あふれ出る気持ちを制御できずに聞いているこちらが恥ずかしくなる言葉が口から出ている時点で周りにはバレバレであるのだが。
オレもなりふり構わずにそうしたほうがよいのかと思うのだが、ふとそこでリィナにはこの手は効かないのではないかと思った。
というのも、幼いころから楓真に……あるいはちらりと出てきた父に日常的に言われていたとしたら、慣れていて「はいはいまたそれなの?」とうんざりしているに違いない。
もしかして、本来は身内の女性がこの手の甘い言葉で騙されるのを防ぐためにやっていた風習が代々引き継がれ、それがいつしか呪いのようになり、好意を抱く女性に向けられるようになったのではないか?
リィナはパーツだけ見れば整っているというのに、配置の妙なのか地味に見えるが、そもそもは美人の類に入るだろう。
楓真は男のオレから見てもいい男であるのだから、この血族もオレたちと同じように見目麗しい見た目が引き継がれてきているという想像に難くない。
となるとだ。
これは思っていた以上に手こずるということか?
こんなに密着してアピールしても、リィナは半ば諦めたように受け入れているのも、かわいいと言ってもそれがうそだと思っているのも、全部、全部、楓真と父親が悪いということか?
なんてことだ!
オレの想いが成就するのはかなり大変だということか。
まったくもって厄介な。
それでも楽しいと思っている自分がいるし、時間は掛かるかもだが絶対に成就させる自信はある。
あとはリィナがオレ以外の男に目を向けないことを祈るだけだ。
そうとなれば、密着してアピールだ!
単にリィナに触れたいからではあるけど、知ってもらわなければ始まらない。
それもだが、このあふれる気持ち、どうすればいいのだろうか。
オレは悩みつつ、リィナを堪能した。




